て自由な怜悧《れいり》な大胆な性質で、鉄のように堅い気力をもち、野心に燃えたち、しかも粗暴で無鉄砲でがむしゃらで猛烈であって、現在の光栄に到達するまでにはいろんな目に会ってきたが、成功してその腹癒《はらい》せをしてるのだった。
ある日クリストフは、フィロメールに会いにムードンへ行こうとして、汽車に乗り込んだ。そして車室の扉《とびら》を開くと、この女優がすでに席取っていた。彼女は何かいらだって苦しんでいるらしかった。そしてクリストフがはいって来たのを不快がった。彼のほうに背を向けて、向こう側の窓ガラスからじっと外をながめた。クリストフは彼女の顔だちの変化に驚いて、率直な厚かましい同情を寄せながら、彼女から眼を放さなかった。彼女はじれだして、恐ろしい眼つきでにらめてやったが、彼にはいっこう通じなかった。つぎの停車場で、彼女は降りて他の車室に乗り換えた。そのときになってようやく――もうおそすぎたが――彼は自分のせいで彼女が逃げ出したのだと考えた。そしてたいへん心苦しかった。
それから幾日かあとに、彼は同じ線のある停車場で、パリーへもどるために汽車を待ちながら、歩廊《プラットホーム》にあるただ一つのベンチに腰かけていた。すると彼女が出て来て、彼のそばに腰をおろした。彼は立ち上がろうとした。彼女は言った。
「どうぞそのまま。」
二人きりだった。彼は先日彼女に車室を換えさしたことを詫《わ》びた。自分が邪魔になることがわかっていたら、降りてあげるはずだったと言った。彼女は皮肉な微笑を浮かべてただこう答えた。
「ほんとに、あなたには我慢ができませんでしたよ。しつっこく私の顔ばかり見ていらしたんですもの。」
彼は言った。
「失敬しました。見ずにはいられなかったんです……。苦しそうな御様子だったものですから。」
「それで、どうなんですの?」と彼女は言った。
「僕には辛抱ができないんです。あなたはおぼれかかった者を見て、手を差し出さずにいられますか。」
「私が? そんなことをするものですか。」と彼女は言った。「早く片づいてしまうように、水の中に頭を押し込んでやりますわ。」
彼女は悲痛と冗談との交じった調子でそれを言った。そして彼がびっくりした様子でその顔をながめてるので、彼女は笑い出した。
汽車が来た。すっかり込んでいて、ただ最後の車室だけがあいていた。彼女はそれに乗った。駅員がせきたてていた。クリストフは先日のようなことを繰り返したくなかったので、他の車室を捜そうとした。彼女は彼に言った。
「お乗りなさい。」
彼は乗り込んだ。彼女は言った。
「今日は構いませんわ。」
二人は話をした。クリストフは大真面目《おおまじめ》になって説き示そうとした、他人に冷淡であるのは許すべからざることだとか、人は助け合い慰め合いながら相互にたいへんためになることをなし得るのだとか……。
「慰めですって、」と彼女は言った、「そんなことは私にはどうだってよござんすわ。」
クリストフはなお言い張った。
「そうですわね、」と彼女は失敬な微笑を浮かべてなお言った、「慰め役はそれを演ずる者にとっては儲《もう》け役ですよ。」
彼にはちょっとその意味がわからなかった。けれどようやく意味がわかって、彼女のことばかりを考えてるのに自分のためにしてるのだと疑われたことを思うと、彼はすぐに憤然と立ち上がり、扉《とびら》を開いて、汽車の進行中なのも構わずに出て行こうとした。彼女はやっとのことでそれを引き止めた。彼は怒りながら腰をおろし、扉を閉《し》めた。ちょうど汽車はトンネルにさしかかっていた。
「ごらんなさいな、」と彼女は言った、「死ぬところじゃありませんか。」
「死んだって構うものですか。」と彼は言った。彼はもう彼女と話したくなかった。
「馬鹿な奴らばかりだ。」と彼は言った。「たがいに苦しめ合ったり苦しんだりしてる。他人《ひと》を助けようとすれば疑《うたぐ》られる。厭《いや》になっちまう。どいつも皆人間じゃない。」
彼女は笑いながら、彼をなだめようとつとめた。手袋をつけてる片手を彼の手にのせた。彼の名前を呼びかけてやさしく口をきいた。
「ほう、あなたは僕を知ってるんですか。」と彼は言った。
「パリーでは人はみんな知り合いではありませんか! あなただって同じ船の乗合ですわ。でも先刻《さっき》のように申したのは私が悪うこざんしたわ。あなたはいい方です、よくわかっています。さあ気を和らげてください。もうよござんすよ。仲直りをしましょう。」
二人は握手をかわした。そして親しく話をした。彼女は言った。
「でも私のせいじゃありませんよ。世間の人からいろんな目に会わされたので、そのために疑《うたぐ》り深くなったのです。」
「僕もたびたび騙《だま》されたんです。」とクリストフは言っ
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