駄《むだ》にしたくなかった。――がそれはすでにもう過去であった。あたかも、汽車の出発前の待つ間が長引くとき、停車場の歩廊《プラット・ホーム》の上でかわす、あの悲しい別れの言葉に等しかった。あくまでも居残り、見かわし、言葉を交えようとする。しかし心はもうそこにない。友はすでに出発してしまってるのだ……。クリストフは話をしようとつとめた。けれど、オリヴィエのうわの空の眼つきを見ると、中途で言葉を切って、微笑を浮かべながら言った。
「君の心はもう遠くに行ってるんだね。」
 オリヴィエは当惑して弁解した。友と最後の親しい時を過ごすさいに、心を他処《よそ》にしてたことを見て、みずから悲しくなった。しかしクリストフは彼の手を握りしめた。
「さあ遠慮するなよ。僕もうれしいのだ。夢想にふけるがいいよ。」
 二人は窓ぎわにじっと相並んで肱《ひじ》をつき、暗い庭をながめていた。ややあって、クリストフはオリヴィエに言った。
「君は僕から逃げようとしてるんだろう。これから僕の手を脱すると思ってるんだろう。そして今ジャックリーヌのことを考えてるんだね。だが僕は君をとっつかまえてみせるよ。僕もジャックリーヌのことを考えてるんだ。」
「なあに、」とオリヴィエは言った、「僕は君のことを考えてたんだ、しかも……。」
 彼は言いやめた。
 クリストフは笑いながら、その文句を終わりまで言ってやった。
「……しかも、それでたいへん悲しい心地になってたのだ……。」

 クリストフは結婚式のために、りっぱな、ほとんど優美なとも言えるほどの身装《みなり》をした。宗教上の式はなかった。オリヴィエは宗教に無関心だったし、ジャックリーヌは宗教に反感をもってたので、共にそれを望まないのだった。クリストフは区役所の式のために交響曲《シンフォニー》の一節を書いておいた。けれど法律上の結婚式がいかなるものであるかを知ると、最後の間ぎわにそれを引っ込めてしまった。彼はそういう儀式を滑稽《こっけい》だと思ったのだった。それらの儀式を信ずるには、信仰と自由とをともに失っていなければいけない。真のカトリック信者があえて自由思想家になる場合には、それは戸籍吏を牧師たらしむるためにではない。神と自由意識との間には、国家という宗教を入れる余地は存しない。国家はただ人を登録するだけであって、結合させるものではない。
 オリヴィエとジャックリ
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