はあえて彼女に訳を尋ねかねた。愛する者から残酷な言葉を受けはすまいかと、あまりに恐れていた。それでクリストフが遠のくのを見てぎくりとした。クリストフがそばにいてくれさえしたら、自分に落ちかかろうとしてる打撃を受けずにすみそうだった。
 ジャックリーヌはやはりオリヴィエを愛してるのだった。前よりはずっと愛していた。そのためにかえって敵意を含んでる様子になっていた。先ごろ彼女がもてあそんでいた恋愛は、あんなに呼び求めていた恋愛は、今や彼女の前にあった。それが深淵《しんえん》のように足下に開けてくるのを見て、彼女は恐れて飛びしざった。もう訳がわからなかった。みずから怪しんだ。
「なぜかしら、なぜかしら? どうしたというのだろう?」
 そこで彼女はオリヴィエをじっとながめた。オリヴィエはその眼つきに苦しめられた。彼女は考えた。
「この人はだれかしら?」
 彼女にはわからなかった。
「どうして私はこの人を愛してるのかしら?」
 彼女にはわからなかった。
「私はこの人を愛してるのかしら?」
 それもわからなかった……。彼女にはいっさいわからなかった。それでも自分が熱中してることだけはわかっていた。恋にとらわれてるのだった。恋のうちに身を滅ぼしかかっていた。意志も独立も自我も未来の夢も、ことごとくこの怪物の中にのみ込まれて、自分のすべてを滅ぼしかかっていた。そして憤然と全身を引きしめていた。彼女は時とするとオリヴィエにたいして、ほとんど憎しみに近い感情を覚えた。
 二人は庭のはずれの野菜畑まで行った。幕のように立ち並んだ大木がそこを芝地から隔てていた。二人は小径《こみち》のまん中を小刻みに歩いていった。径の両側には、赤黄い房《ふさ》をつけたすぐりの草むらや苺《いちご》の苗床が並んでいて、その香《かお》りが空中に満ちていた。ちょうど六月のことだったが、たびたびの雷雨に冷え冷えとした気候だった。空はどんより曇って、日の光が半ばかげっていた。低い雲が風に運ばれ一塊《ひとかたま》りとなって重々しく動いていた。その遠くの激しい風は、少しも地上に達していなかった。木の葉一枚揺るがなかった。大きな憂鬱《ゆううつ》さが事物を包み込み、二人の心を包み込んだ。そして庭の奥から、眼に見えない別邸の半ば開いてる窓から、ヨハン・セバスチアン・バッハの変ホ短調の遁走《とんそう》曲を奏してるハーモニュームの響
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