に萌《も》えだした感情を恐れて、態度には何一つ現わさなかった。やはりクリストフとばかり話をした。しかしそれもオリヴィエについての話だった。クリストフは友のことを話すうれしさのあまりに、ジャックリーヌがその話題を喜んでることには気づかなかった。彼はまた自分のことをも話した。彼女はそれを少しも面白いとは思わなかったが、好意上耳を貸してやった。それから様子にはそれと見せないで、オリヴィエが出て来る身の上話に話を引きもどすのだった。
ジャックリーヌのしとやかさは、少しも疑念のない青年にとっては危険だった。クリストフはなんの考えもなく彼女に熱中した。訪問を繰り返すのがうれしかった。服装にも注意しだした。そしてよく覚えのある一つの感情がまた、そのにこやかな懶《ものう》さをあらゆる夢想に交えてきた。オリヴィエもまた思慕していた。しかも最初から思慕したのだった。そして自分が閑却されてると思って、ひそかに苦しんでいた。クリストフはジャックリーヌとの会話を楽しげに語ってきかして、彼の苦しみをさらに大きくなした。彼はジャックリーヌに好かれようとは思いもよらなかった。彼はクリストフのそばに暮らしてきたので、以前よりはいくらか楽天的になっていたけれど、やはり自分を信ずる念が乏しかった。あまりに実直な眼で自分をながめていた。自分がいつか愛されようとは思い得なかった。――いったい人が愛されるのは、魔術的な寛容な恋愛の価値のためではなくて、自分の価値のためであるとしたならば、たれかほんとうに愛されるに値する者があろうぞ?
ある晩、彼はランジェー家へ招待されていたが、またジャックリーヌの冷淡な様子を見るのがあまりにつらいような気がして、疲れてるというのを口実にして、クリストフに一人で行ってくれと言った。クリストフは何にも察しないで、喜んで出かけていった。率直な利己心からして、ジャックリーヌを独占するの喜びばかりを考えていた。けれどそれを長く楽しむわけにゆかなかった。オリヴィエが来ないことを聞くと、ジャックリーヌはすぐに、不機嫌《ふきげん》ないらだった悲しいがっかりした様子になった。もう少しも人の気に入りたい望みも覚えなかった。クリストフの言葉に耳を傾けもせず、いい加減な返辞ばかりした。そして彼女が気のない欠伸《あくび》を噛《か》み殺してるさまを見ると、彼は屈辱を感じた。彼女は泣きたくなっていた。
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