をしだいに磨《す》りへらしてゆき、やがて自分を打ち負かしてしまうだろうと思った……。狂いたった想像と心との奇怪な幻覚である。――しかも、彼らは心の底ではもっともよき部分で愛し合ってたことを、考えてみれば……。
オリヴィエはその重荷に堪えかねて、もう戦おうともせず、わきに身を避けて、ジャックリーヌの魂を勝手な方向に進ましておいた。彼女は一人放任され、嚮導《きょうどう》者がなくなって、自分の自由さに眩惑《げんわく》した。彼女には反抗してぶつかってゆくべき主人が必要だった。それがない場合には造り出さなければならなかった。そして、彼女は自分の固定観念の捕虜《とりこ》となった。これまで彼女は、いかに苦しんだとは言え、オリヴィエと別れることをかつて頭に浮かべはしなかった。がこのときから彼女は、あらゆる絆《きずな》から脱したと思った。彼女は恋したかった。あまり遅れないうちに恋したかった。――(まだ若かったけれども、もう年老いてると自分では思っていたのである。)――彼女は恋した。空想的な痛烈な情熱を知った。その情熱こそ、なんでも出合い頭《がしら》のものに、ちょっと見た顔に、ある名声に、時とすると単なる名前に、すぐ執着し、それをつかみ取ったあとには、もう手をゆるめようともせず、一度選んだその対象物なしにはもう済ませないことを、人の心に信じさせ、心全体を食い荒らし、他の愛情や、道徳観念や、追憶や、自負の念や、他人にたいする敬意など、すべて心を満たしてる過去の事柄を、全然空に帰せしめてしまう。そして固定観念がもはや身を養うべきものをもたずに、すべてを焼きつくしてみずからも死んでゆくときに、なんたる新しい自然がその廃墟《はいきょ》から飛び出してくることぞ! 好意も慈悲も若さも幻ももたない自然であって、あたかもこわれた建築を蚕食する雑草のように、生命を蚕食することしか考えないのである。
ジャックリーヌの場合も例によって、心を欺くにもっとも適した男へ、その固定観念はからみついていった。憐《あわ》れなジャックリーヌが惚《ほ》れ込んだ男は、ある運のよいパリーの著述家で、美しくも若くもなく、鈍重で、赭《あか》ら顔で、擦《す》れっからしで、歯は欠け、心はひどく乾《かわ》ききっていて、そのおもな値打ちと言っては、世にもてはやされてることと、多数の女を不幸な目に会わしたこととであった。この男の利己心を
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