り泣かなかった。乳母――強健なニヴェルネー人で、幾度か子供に乳をやったことがあるが、そのたびごとに、動物的な嫉妬《しっと》深い煩雑な情愛を、乳児にたいしていだくのであった――その乳母のほうが、ほんとうの母親のようだった。ジャックリーヌが何か意見を言っても、乳母は勝手なことばかりしていた。ジャックリーヌは、いろいろ言い争ってみると、自分が何にも知っていないことに気づくのだった。彼女は子供を産んでから、健康が回復していなかった。初期の静脈炎《じょうみゃくえん》のために、がっかりして根気がなかった。幾週間もじっとしていなければならなくて、もどかしがっていた。焦燥した考えは、単調な幻覚的な同じ悲嘆をいつまでも繰り返していた。「ほんとうに生きたこともなかった、生きたこともなかった。そしてもう一生は終わってしまった……。」彼女の想念はいらだたせられていた。自分は永久に不具者になったのだと思っていた。そして、暗黙な苛辣《からつ》な口に出せない怨恨《えんこん》が、病苦の無辜《むこ》な原因者にたいして、子供にたいして、起こってきた。それは、人が思うほど珍しい感情ではない。ただ人はその上に覆《おお》いをかぶせてるだけである。それを実際に感じてる女たちでさえ、心の奥底でそれを承認するのを恥としている。ジャックリーヌは、みずから自分をとがめた。利己心と母性愛との間に争いが起こった。子供がいかにも幸福そうに眠ってるのを見ると、彼女の心は動かされた。しかしすぐそのあとで彼女は苦々《にがにが》しく考えた。
「この子が私を殺したのだ。」
そして彼女は、自分の苦しみで幸福を購《あがな》ってやったその子供の、無関心な眠りにたいするいらだたしい反抗を、押えつけることができなかった。彼女の身体が回復し子供が少し大きくなってからも、そういう敵意ある感情はおぼろげながら残っていた。彼女はその感情をみずから恥じたので、それをオリヴィエのせいだとした。彼女はやはり自分は病気であると思っていた。そして、病気の原因たる無為閑散――(子供からは離れ、働くことを強《し》いて禁ぜられ、まったく孤立してしまい、脂肪太りにされる家畜のように、寝床に長くなったまま腹いっぱい食わせられて過ごす、むなしい日々)――それを医者たちから勧められてますます生じてくる、いろんな不安、健康にたいする絶えざる懸念、などはついに彼女をして自分の
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