日の午後に見たアカシアの木立に思いをはせた。そして考えた。
「彼処《あそこ》にもまた、河が蚕食している……。」
 古い町は、生者も死者もすべてを包み込んで、暗闇《くらやみ》のなかに眠っていたが、それのほうが彼にはまだなつかしかった。なぜなら、この町も脅かされてるような気がしたから……。

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囲壁は敵の手中にあり……。
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 いざ同胞を救い出さんかな! われわれが愛するものはすべて死にねらわれている。過ぎ去る面影を永遠の青銅の上に、急いで刻みつけようではないか。火災がプリアムの宮殿をのみ尽くさないうちに、祖国の宝を炎から取り出そうではないか……。
 クリストフは洪水《こうずい》を逃げる者のように、汽車に乗って立ち去った。けれども、自分の町の難破から鎮守の神々を救い出す人々と同様に、彼は、故郷の土地からかつてほとばしり出た愛の火花と、過去の神聖な魂とを、自分のうちに担《にな》い去っていった。

 ジャックリーヌとオリヴィエとは、しばらくの間親しくしていた。ジャックリーヌは父を亡くしたのだった。その死亡から深く心を動かされた。ほんとうの不幸に面すると、他の悲しみはすべてつまらない馬鹿げたものに感ぜられた。そして、オリヴィエが示してくれるやさしい情愛は、オリヴィエにたいする彼女の愛情をふたたび勢いづけた。数年以前、叔母《おば》マルトの死と楽しい恋愛との間に介在したあの悲しい日々へ、彼女はふたたび連れもどされた気がした。自分は人生にたいして忘恩者であると、彼女は考えた。与えられたわずかなものを奪われないでいることを、人生に感謝すべきであると考えた。そのわずかなものの価が今やわかったので、彼女はそれを妬《ねた》ましげに胸に抱きしめた。喪の悲しみを紛らすために医者から命ぜられて、一時パリーを離れ、オリヴィエとともに旅をし、新婚のころたがいに愛し合った場所へ、一種の巡礼を試みると、彼女はしみじみとした気持になった。消え失《う》せてると思っていたなつかしい愛の面影を、道の曲がり角《かど》などにふたたび見出して、それが過ぎ去るのを眺め、それがまた消え失せる――いつまで? おそらく永遠に?――消え失せるだろうということを知って、二人は憂愁に沈みながら、絶望的な情熱でそれをかき抱いた……。
「残っていてほしい、私たちといっしょに残っていてほしい
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