けられながら忘れていたあの傲慢《ごうまん》な精神を、ふたたび見出したのだった――弱点と美点とから共に来る傲慢さ――自分の徳操を誇り自分が陥ることのない過失を軽蔑《けいべつ》する、その無慈悲な正直、申し分なきことにたいする尊重、「不規則な」優秀さにたいする顰蹙《ひんしゅく》的な軽蔑。ミンナは常に自分が正しいという落ち着いたもったいぶった確信をいだいていた。他人を批判するのになんらの度合いをも設けなかった。それに元来他人を理解しようとの念がなかった。自分のことばかりにかかわっていた。彼女の利己主義は漠然《ばくぜん》たる抽象的な色に塗られていた。「自我」が、「自我」の発展が、たえず問題であった。彼女はおそらく善良な女で人を愛することもできたであろう。しかし自分自身をあまりに愛していた。ことに自分自身をあまりに尊敬していた。「自我」の前で主の[#「主の」に傍点]祷《いの》り[#「り」に傍点]や聖母の祷り[#「聖母の祷り」に傍点]をたえず唱えてるがようだった。彼女が最愛の夫でも、彼女の「自我」の品位に相当した尊敬をたとい一瞬間でも欠くならば――(そのあとで彼がどんなに後悔しようとも)――彼女はまったくそして永久に彼を愛しやめるかもしれないらしかった……。ああ、その「自我」こそは悪魔にでもいってしまうがよい! 少しは「他」を考えるがよい!……
けれどもクリストフは、きびしい眼で彼女を見てはいなかった。平素はあれほどいらだちやすい彼だったが、今は大天使のような我慢強さで彼女の言葉を聞いていた。彼は彼女を批判すまいと心にきめていた。円光のごときもので、幼時の敬虔《けいけん》な思い出で、彼女を包んでおいた。そしてあくまでも彼女のうちに、小さなミンナの面影を求めようとした。それを彼女のある身振りのうちに見出せないではなかった。彼女の声音のある響きは、彼の心を動かす反響を喚《よ》び起こした。彼はそれらのもののなかに浸り込みながら、口をつぐみ、彼女の言葉には耳を貸さず、聴《き》いてるようなふうを装い、たえずやさしい敬意を示してやった。しかし気を一つに集めるのは困難だった。彼女はあまりに騒々しかった。彼女は昔のミンナの声を聞く邪魔となった。ついに彼は少し疲れて立ち上がった。
「可憐《かれん》なるミンナよ! お前がここにいることを、喚《わめ》きたてて僕を退屈させるこの美しいでっぷりした女のな
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