芸術的作品なんかがなんだろう? 私がほんとうにそれを好きかどうかもわからないし、それがほんとうに存在してるかどうかもわからない……。」――ある日などは、彼女は元気に話をし、オリヴィエといっしょに笑い、二人で話してる事柄に興味を覚えてるらしい様子をし、みずから気を紛らそうとした……。がそれも駄目だった、にわかに不安が襲ってき心がぞっと冷えきって、涙も出ず息もつけずに、たまらなくなって身を隠した。――彼女はオリヴィエにたいする自分の計画を一部なしとげた。オリヴィエは懐疑的になり社交的になった。けれどそれも彼女には別にありがたくなかった。彼女は彼を自分と同じく弱者だと思った。ほとんど毎晩二人は外出した。彼女は自分の苦しい倦怠《けんたい》を、パリーのあらゆる客間にもち運んでいた。彼女のいつも武装してる微笑の皮肉さの下にそれを見てとる者は、だれもいなかった。彼女は自分を愛してくれて深淵《しんえん》の上にささえ止めてくれる者を、捜し求めていた……。けれど駄目、駄目、駄目だった。彼女の絶望的な呼び声に答えてくれるものは、何もなかった。ただ沈黙ばかり……。
 彼女は少しもクリストフを愛してはいなかった。彼の粗暴な態度や、気にさわるほどの淡白さや、ことにその無関心さなどを、我慢できなかった。彼を少しも好きにはなれなかった。けれど、少なくとも彼は強者で――死を超越した岩石であることを、彼女は感じた。そして、その岩にすがりつきたく、波の上に頭をつき出してるその游泳者に取りつきたく、もしくは自分といっしょにそれをおぼらしてしまいたかった。
 それにまた、夫をその友人らから分離させただけでは足りなかった。友人らを夫から奪い取らなければいけなかった。女はもっとも正直な者でも、時とすると一種の本能に駆られて、自分の力の及ぶ限りを試みんとし、さらにそれ以上のことをやってみるものである。そういう力の濫用のうちでは、彼女らの弱さは一種の強みとなる。そして女が利己的で傲慢《ごうまん》であるおりには、夫からその友人らの友情を奪い取ることに、よからぬ楽しみを見出す。その仕事は訳なくやれる。少しの秋波を送るだけで足りる。男は実直であろうとなかろうと、投げられた餌《えさ》を噛《か》むだけの弱さをもたない者はほとんどない。いかに親しい誠実な友でも、相手を欺くことを、実行ではよく避け得るかもしれないが、頭の中ではた
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