なかった。クリストフが天才をもってることや、人から愛されるだけの価値があることなどを、彼女は気づいた。
若夫婦の状態は少しもよくなっていなかった。悪くなってさえいた。ジャックリーヌは退屈しぬいていた……。女はなんという孤独なものであろう! 子供以外には何も女を支持するものはない。そして子供でさえも、女を常に支持するには足りない。単に女性であるというばかりではなくほんとうに女であって、豊かな魂とめんどうな生活とをもってる場合には、女は非常に多くの務めを帯びるようにできてるもので、人に助けられなければ、その務めをなしとげることはできないのである……。男は女よりはるかに孤独ではない。一人きりのときでさえそうである。その独語は寂寞《せきばく》を満たすに足りる。また結婚して孤独の場合には、なおよくそれに甘んじ得られる。なぜなら、それに気づくことが少なく、いつも独語ばかりしているから。そして、寂寞の中で自若としてみずから語りつづけるその声の響きは、彼のそばにいる女にとっては、愛に勢いづけられていない言葉はすべて死語と感ずる女にとっては、沈黙をますます恐ろしいものとなし、寂寞をますます堪えがたいものとなすのであるが、彼はそれを夢にも知らない。彼はそれを見てとらない。彼は女のように自分の生活全部を担保として、愛の上に賭《か》けたのではない。彼の生活は他のほうで満たされている……。しかるに、女の生活やその広大な願望は、何が満たしてくれるであろうか。人類が引きつづいてる四十世紀の間、一時の愛と母性というただ二つの偶像に燔祭《はんさい》としてささげられて、いたずらに燃えつくしてる、その熱烈|豊饒《ほうじょう》な力をもってる無数の女を、何が満たしてくれるであろうか? そして右の二つの偶像さえ、実は崇高な欺瞞《ぎまん》であって、しかも女のうちの多くの者には拒まれており、その他の女の生活を充実させるのも数年間のことにすぎない。
ジャックリーヌは絶望していた。刃《やいば》ように自分を突き通す恐怖を、ときどき感ずることがあった。彼女は考えた。
「なんのために私は生きてるのだろう? なんのために生まれてきたのだろう?」
そして彼女の心は悶《もだ》え苦しんだ。
「ああ私はもう死ぬのだ、もう死ぬのだ!」
その考えが彼女につきまとい、夜中にまで追っかけてきた。彼女は自分がこう言ってる夢をみた。
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