っても若者に違いないわ。不完全な者だわ。」
「だれだって完全な者はないさ。自分の力の範囲を知ってそれを愛することが、すなわち幸福というものだ。」
「私にはもうできなくてよ。その範囲から出てしまったんだもの。私は生活に痛められ疲らされ駄目にされてるのよ。それでも、皆の連中のようでなくて、普通の健全な美しい女になることもできたかもしれないと、そんな気がするのよ。」
「君は今でもまだなることができる。僕にはそういう君の姿がよく眼に見える。」
「ではどんなふうにあなたの眼に映ってるか、それを言ってちょうだいね。」
彼は、自然ななだらかな発展をとげて愛し愛される幸福な身になれる条件のもとにおける、彼女の姿を、いろいろ話してきかした。彼女はそれを聞くのが楽しかった。しかし聞いたあとで、彼女は言った。
「いいえ、もう今じゃ駄目よ。」
「そんなら、」と彼は言った、「あの老ヘンデルが盲目になったおりのように、みずからこう言うがいい。」
[#「あるものはみなよろし」の楽譜(fig42597_02.png)入る]
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(あるものはみなよろし)
[#ここで字下げ終わり]
そして彼はピアノのところへ行って、それを彼女に歌ってきかした。彼女はそのとんだ楽天家を抱擁した。彼は彼女のためになっていた。しかし彼女は彼の害になっていた。少なくとも彼女は、彼の害になるのを恐れていた。彼女は絶望の発作に襲われることがあって、それを彼に隠し得なかった。愛のために彼女は気が弱くなつていた。夜、二人相並んで床についてるとき、彼女が無言のうちに苦悶《くもん》をのみ下してるとき、彼はそれを察するのであった。そして、すぐそばにいながらしかも遠い彼女に向かって、その圧倒してくる重荷を自分にも共に荷《にな》わしてくれと願った。すると彼女は逆らい得ないで、彼の腕の中で泣きながら、自分の苦しみを打ち明けた。そのあとで彼は幾時間も、親切に穏やかに彼女を慰めた。しかしその絶えざる不安は、長い間には彼女を打ち負かさずにはいなかった。自分の焦慮がついには彼へも感染しはすまいかと、彼女は恐れおののいていた。彼女は彼を深く愛していたので、自分のために彼が苦しむという考えに堪えられなかった。彼女はアメリカへの契約を申し込まれていた。むりに立ち去るためにそれを承諾した。恥ずかしい気持でいる彼と別れた。彼と同じくら
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