い豊満の瞬間を味わったが、しかし二人はあまりに異なっていた。そして二人とも同じく激しい気質だったから、しばしば衝突をきたした。その衝突は少しも卑しい性質を帯びなかった。なぜなら、クリストフはフランソアーズを尊敬していたから。そして、時には残忍となり得るフランソアーズも、自分にたいして親切な人たちには親切であった。どんなことがあってもそういう人たちに悪いことをしたくなかった。それに元来二人はどちらも、快活な素質をもっていた。彼女は自分自身をあざけった。それでもやはり彼女は悩んでいた。昔の情熱にまだとらえられていた。まだあのくだらない男を愛していて、その男のことをやはり考えていた。そしてそういう恥ずかしい状態に堪え得なかったし、ことにクリストフからそれを察せられることに堪え得なかった。
クリストフは、彼女が幾日も憂鬱《ゆううつ》に沈み込んで黙ってたまらなそうにしてるのを見て、彼女が幸福でないことを不思議がった。彼女は目的を達していたではないか、人から賞賛され媚《こ》びられる大芸術家となっていたではないか……。
「そうよ、」と彼女は言った、「商人のような魂をもってて事務的に芝居を演ずる、多くの名高い女優たちと私も同じ心だったら、いいかもしれないわ。あの人たちは、よい地位や市民的な金のある結婚などを「実現」して、りっぱな勲章など――目当ての地[#「目当ての地」に傍点]――にたどりつくと、それで満足している。けれど私の望みはもっと大きいのよ。人は馬鹿でないかぎりは、成功は不成功以上にむなしいものだとは思えないでしょうか。あなたはそれを御存じのはずよ。」
「知ってる。」とクリストフは言った。「ああ僕は子供のときには、光栄をこんなものだとは想像していなかった。どんなにか光栄を熱望したことだろう。それがどんなに光り輝いたものに思えたことだろう? 何かある宗教的なもののように、僕は遠くからあこがれていた……。でもそんなことはどうでもいい。とにかく成功のうちには一つの尊い徳がある。すなわち善をなすことができるようにしてくれるのだ。」
「どういう善なの? なるほど勝利者とはなるけれど、それがなんの役にたつでしょう? 何にも変わりはしないわ。芝居も音楽会も、何もかも元どおりだわ。新しい流行が他の流行のあとを継いだというまでのことよ。皆は成功者を理解しやしない。理解するにしても駆け足でだわ
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