ひどい奴だ!」とクリストフは言った。
「ええ、私もその男を憎みました。けれどその後、いろんな人に出会ってみると、もう彼をそんなに悪い人だとは思えなくなりました。少なくとも彼は、約束だけは守ってくれたのです。役者家業について知ってることは――(大したことじゃありませんが)――すっかり私に教えてくれました。私を一座のうちに入れてくれました。初めは皆の召使同様でした。ちょっとした端役《はやく》もやりました。それからある晩、喜劇の侍女が病気になったとき、私は冒険的にその役を受け持たせられました。それから引きつづいてその役をしました。とても駄目《だめ》で滑稽《こっけい》で見苦しいとのことでした。そのころ私は醜い女だったそうです。そして長く醜くかったのが、ついにはすぐれた理想的な女だということになったのです……。「女」ですって!……馬鹿な人たちですわ!――芸のほうは、私のは不正確で乱暴だとの評判でした。見物からは味わってもらえず、仲間からは笑われました。それでも追い出されなかったのは、とにかくいろんな用をしてやったからですし、金もかからなかったからです。私は、金がかからないばかりではなく、こちらから払ってたほどです。ああ、進歩をし地位が上るその一足ごとに、私は自分の肉体で代価を払いました。仲間の者や、主事や、座元や、座元の友だちなどが……。」
彼女は口をつぐんだ。色|蒼《あお》ざめ、唇《くちびる》をきっと結び、乾《かわ》いた眼つきをしていた。しかし彼女の魂が血の涙を流してることは感ぜられるのだった。一瞬の閃《ひら》めきのうちに、彼女は、それらの恥ずかしい過去のことを、また自分を支持してくれた激しい征服意志のことを、はっきり思い浮かべた。その征服意志は、堪え忍ばなければならない新しい汚行ことに、ますます激しくなっていった。彼女は死を希《ねが》いたかった。しかし恥辱のさなかに斃《たお》れてしまうのは、あまりに忌まわしいことだった。勝利の前に自殺するも、勝利の後に自殺するも、それは構わない。しかしながら、身を汚してその代償を得ないうちは、けっして……。
彼女は黙っていた。クリストフは憤慨して室の中を歩き回った。この女を苦しめ汚したその奴らを、打ち殺してしまいたかった。それから彼は、憐《あわ》れみ深く彼女をながめ、彼女のそばにたたずんで、その頭を、顳※[#「需+頁」、第3水準1−9
前へ
次へ
全170ページ中86ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング