の言葉は、パリーの言葉じゃないわ。結構よ。私にはあなたがわかってるわ。さあ、顔をお見せなさいな。蒲団《ふとん》の上で泣いちゃ厭《いや》ですよ。」
「許してくれますか。」
「許してあげるわ。けれどもう繰り返しちゃいけませんよ。」
 彼女はなお少し彼と話をし、彼がしてることを尋ね、それから疲れて飽きて、彼を帰らした。
 つぎの週に彼はまたやって来る約束だった。しかし彼が家から出かけようとするときに、来てくれるなとの電報を受け取った。彼女は容態が悪かった。――それから翌々日に、彼女は彼を呼んだ。彼はやって行った。見ると、彼女はよくなりかけていて、半ば身を投げ出して窓ぎわにすわっていた。春先のことで、空には日が照り渡り、木々の若芽が萌《も》え出していた。彼女は彼にたいして、これまでよりいっそうやさしく穏やかだった。先日はだれにも会えなかったのだと言った。彼をも他の人たちと同様に嫌《きら》いになりそうだったのである。
「そして今日は?」
「今日は、すっかり若々しく新しくなった気がしますの。自分の周囲の若々しく新しく思えるものはなんでも――ちょうどあなたみたいなものはなんでも、なつかしい気がしますの。」
「でも僕はもう若々しくも新しくもありませんよ。」
「いいえあなたは死ぬまでそうでしょうよ。」
 二人は、この前会ったときから後どんなことをしたかを話し、また芝居のことを話した。彼女はもうやがて芝居へ出勤するはずだった。厭々《いやいや》ながらつながれてる芝居のことについては、彼女も自分の考えを述べてきかした。
 彼女はもう彼のほうから来てもらいたがらなかった。自分のほうから訪《たず》ねてゆくと約束した。しかし彼女は彼の邪魔になりはすまいかと心配していた。彼はいちばん仕事の妨げにならないような時間を知らした。二人は一種の合い言葉を定めた。彼女は一定の仕方で扉《とびら》をたたくことにした。彼はそのときの気持によって、扉を開くか開かないかすることにした……。

 彼女は彼がいつも会ってくれるのに乗じはしなかった。しかしあるとき彼女は自分が詩を朗吟することになってる社交的夜会に行きかけて、最後の間ぎわに厭《いや》になった。行かれないと途中で電話をかけた。そしてクリストフのところへ行ってみた。ただ通りがかりにちょっと挨拶《あいさつ》をしてゆくつもりだった。ところがその晩、彼女はふと彼に打ち
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