いずれの場合においても変化を免れない。それは危険な試練である。人は恋愛に服従したあとでなければ、恋愛をほんとうには知り得ない。共同生活の初年に当たっては、恋愛の調和はいかにも微妙なものであって、二人のいずれか一方に些細《ささい》な変調をきたすだけで、往々全体を破壊することがある。まして財産や環境の突然の変化は、いかに大なる影響を及ぼすかわからない。それに抵抗するためには、きわめて強く――もしくはきわめて無頓着《むとんじゃく》で――あらなければならない。
ジャックリーヌとオリヴィエとは、無頓着でもなく強くもなかった。彼らは二人とも今までと違った光のなかで顔を見合わした。そして相手の顔が見知らぬものとなったような気がした。その悲しい発見をしたときに、彼らは愛の憐《あわ》れみからしてたがいに自分の心を隠し合った。彼らはまだやはり愛し合っていたのである。オリヴィエは仕事という隠れ家をもっていた。規則的に勉強すると平静な気持になることができた。ジャックリーヌには何にもなかった。何にもしてはいなかった。いつまでも寝床にぐずついたり化粧にかかったりして、幾時間も半ば裸のままじっと腰をおろしてぼんやりしていた。そして鈍い悲しみが一滴ずつ冷たい霧のようにたまってきた。彼女は愛という一念から気をそらすことができなかった。……愛! それが自我の寄与である場合には、人事のうちでもっとも崇高なものとなる。それが幸福の追求である場合には、もっとも愚かなもっとも瞞着《まんちゃく》的なものとなる……。ジャックリーヌは愛以外に生の目的を考えることができなかった。善意をいだいてるときには、他人に、他人の悲惨に心を寄せようと試みた。けれどそれはうまくいかなかった。他人の苦しみにたいするとどうにも厭《いや》でしかたなかった。それを見ることも考えることも彼女の神経には堪えがたかった。彼女は自分の良心を安めるために、慈善に似寄ったことを二、三度行なってみた。その結果はつまらないものだった。
「ねえごらんなさい。」と彼女はクリストフに言った。「善《よ》いことをしようと思うと、かえって悪いことをしてるものです。差し控えてるほうがましですわ。私には善いことをする天性がありません。」
クリストフは彼女の顔を見守った。そして偶然出会って知った女どものある一人のことを考えた。それは堕落女工であって、利己的で不品行で真
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