ちの数名と交渉をつけた。あるいは、孤立した若い人々で、困難な生活をし、達せられるかどうか自分でもわからないある理想を、一身をあげて翹望《ぎょうぼう》していた。そしてクリストフの親愛な魂を、むさぼるように吸い込んでいた。あるいは、地方のみすぼらしい人々で、クリストフの歌曲集[#「歌曲集」に傍点]を読んでから、シュルツ老人のように彼へ手紙を送って、彼と結びついた気になっていた。あるいは、貧しい芸術家たち――とりわけ一人の作曲家は熱心だった――で、ただに成功へばかりではなく、自己を表現することへも到達することができなかったので、自分の思想がクリストフによって表白されてるのを、非常にうれしがっていた。そのうちでもおそらくもっともなつかしみのある人々は、名前を明かさずに、より多く自由に書けるようにして、自分を助けてくれた兄とも言えるクリストフへ、心からの信頼の念を率直に訴えてきた。クリストフは、それらのやさしい魂の人たちを愛し得たらさぞうれしいだろうと思えるのに、いつまでも直接知り合いになれそうもないと考えると、胸がいっぱいになるのを覚えた。そして、彼らがクリストフの歌曲集[#「歌曲集」に傍点]に接吻《せっぷん》してるように、彼もそれら未知の人々の手紙のあるものに接吻をした。どちらでもそれぞれ考えていた。
「親愛なるページよ、ほんとにお前は私に喜びを与えてくれる!」
 かくて彼の周囲には、世界のいつもの律動《リズム》に従って、天才の小家庭ができ上がった。その家庭は天才から養われまた天才を養い、しだいに大きくなってゆき、ついには、天才を中心とする大きな集団的魂を――諸天体の和声《ハーモニー》にその親愛な合唱を交えながら空間を回転する、光り輝く一世界、精神上の一遊星、とも言うべきものを、こしらえ出すものである。
 クリストフとその眼に見えない友人らとの間に、神秘な連繋《れんけい》が織り出されてくるに従って、彼の芸術観に革命が起こってきた。彼の芸術観はいっそう広いいっそう人間的なものとなっていった。彼はもはや、単なる独自であり自分一人のための言葉である音楽を欲しなかったし、専門家ばかりを相手のむずかしい組み立てはなおさら欲しなかった。彼は音楽が一般の人々と交渉することを欲した。他人に結びつく芸術こそ、真に生きたる芸術である。ヨハン・セバスチアン・バッハは孤立せるもっとも苦しいおりに
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