ごした。
 二人はたがいにずいぶん異なってはいたが、どちらも純粋な地金ででき上がっていた。そして同じものでありながらも異なっているゆえに、なお愛し合った。
 オリヴィエは弱々しくて、困難と戦うことができなかった。一つの障害にぶつかると、すぐに辟易《へきえき》した。それも恐ろしいからではなくて、多少は臆病《おくびょう》なからであり、多くは、征服のために取らなければならない荒々しい粗暴な方法を忌みきらうからであった。彼の生活の方便は、出稽古《でげいこ》をしたり、例によって恥ずかしいほどの報酬で、芸術の著書をしたり、またまれには雑誌の原稿を書いたりすることだった。その原稿もけっして自由なものではなく、ごく興味の薄い題目に関するものだった。――彼が興味をもってる事柄は喜ばれなかった。彼のもっとも得意なものはかつて求められなかった。詩人であるのに評論を求められた、音楽に通じてるのに絵画論を喜ばれた。そんなことについてはくだらないこときり言えないのは、自分でもよくわかっていた。しかしそれがちょうど人に好かれる事柄だった。かくて彼はわかりやすい言葉で凡俗を相手に書いた。ついにはみずから厭気《いやけ》がさして執筆を断わった。彼が喜んで働き得るのは、原稿料を出さない小雑誌にばかりだった。そこではまったく自由だったので、他の多くの青年らと同様に、彼も懸命になっていた。ただそこでだけ彼は、世に出す価値があるとみずから思えるものをすべて発表することができた。
 彼は外観上温和で丁寧で忍耐強かったが、過敏な感受性をそなえていた。少し鋭い言葉を聞くと、血が湧《わ》き返るほど気にさわった。不正に出会うと心が転倒した。それを自分のためにまた他人のために苦しんだ。数世紀前に行なわれた卑劣な行為を見てもなお、自分がその被害者であるかのように口惜《くや》しがった。その被害をこうむった者はいかにつらかったろうかと考え、いかに多くの年月がその男と自分の同情とを隔ててるかを考えては、蒼《あお》くなり身を震わし悲しがった。そういう不正の一つを目撃するときには、過度の憤怒に駆られて、身体じゅうをうち震わし、時には病的になって眠れなかった。彼はそういう自分の弱さを知っていたから、いつも無理に落ち着こうとつとめた。というのは、腹をたてると見境がなくなって、人から許されそうもないことを口走るようになることを、みずから知ってたからである。そして彼は、いつも乱暴なクリストフよりなおいっそう、人から恨まれた。彼が腹をたてたさいには、クリストフよりもさらによく、自分の心底を見せつけるように見えたからである。そして実際そのとおりだった。彼はクリストフのように盲目的な誇張なしに、錯誤なしに明快に、他人を批判していた。それこそ人のもっとも許しかねることだった。で彼は口をつぐみ、議論の無益さを知ってそれを避けた。彼はそういう抑制を長く苦しんできた。そして自分の臆病《おくびょう》さを、さらに多く苦しんできた。臆病のあまりに時とすると、自分の考えを裏切ることがあり、あるいは自分の考えを最後まで弁護し得ないことがあり、なおその上に、クリストフのことについてリュシアン・レヴィー・クールと議論したときのように、詫《わ》びを言うはめになることさえあった。世間に見切りをつけ自分自身に見切りをつけるまでには、幾度も絶望の危機を通り越してきた。神経の支配をいっそう受ける青春時代には、激昂《げっこう》の時期と銷沈《しょうちん》の時期とが、急激な勢いで交互にいつも襲ってきた。もっとも幸福な気持のときにも、苦悩に待ち伏せられてることがはっきりわかっていた。そして実際、苦悩がやってくるのを見ないでも、不意にそのために圧倒せられた。すると不幸だというばかりでは済まなかった。自分の不幸をみずから責め、自分の言葉や行為や正直さなどを批判し、他人をよしとし自分を不正とせざるを得なかった。心臓が胸の中でどきどきし、痛ましいほどもがき苦しみ、息がつけなかった。――アントアネットが死んでからは、おそらくその死のおかげで、病人の眼や魂をさわやかにする曙《あけぼの》の光に似た、なつかしい故人から射《さ》す和《なご》やかな光明のおかげで、オリヴィエは、それらの悩みから脱することはできなかったとしても、少なくともそれをあきらめそれを押えることができるようになった。彼のそういう内心の闘《たたか》いに気づく者はあまりなかった。彼はその恥ずかしい秘密を、虚弱な不均衡な身体の狂的な懊悩《おうのう》を、自分のうちに秘めていた。その懊悩を統御することはできないが、しかしそれから害せられはしないで、ただじっと見守っていた、自由な朗らかな知力が――「際限なく[#「際限なく」に傍点]擾乱《じょうらん》する心に残存する中心の平穏[#「する心に残存する中心の平穏」
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