「たけれど、それでもなお、熱情の突風が心中に起こるのを感じた。その突風からどの方面へ吹きやられるか自分でもわからなかった。彼はそのことをオリヴィエに言いはしなかった。しかし諸種の報道に気を配りながら苦悩のうちに日々を過ごした。ひそかに仕事を取りまとめ行李《こうり》を整えていた。もう理屈を言わなかった。今は彼の力に及ばないことだった。オリヴィエは友の心中の戦いを察して、不安の念でその様子をうかがっていた。あえて尋ねかねていた。二人は平素よりなおいっそう親しくなりたかったし、今までより以上に愛し合っていた。しかし話をし合うことが恐れられた。二人を引き離すような思想の違いを見出しはすまいかと、びくびくしていた。しばしば二人は視線を合わしては、やがて永久に別れんとする者のように、気づかいな情愛を浮かべながら見合わした。そして胸迫る思いで口をつぐんでいた。
それでも、中庭の向こうに建てられてる家の屋根の上では、この悲しむべき日々の間、驟雨《しゅうう》の下で、職人どもが最後の金槌《かなづち》を打ち納めていた。クリストフと知り合いの饒舌《じょうぜつ》な屋根職人は、遠くから笑いながら彼に叫んでいた。
「そら、また家ができ上がりましたぜ。」
暴風雨は、幸いにも、襲ってきたときと同じく速やかに過ぎ去った。官房の非公式な報道は、晴雨計のように、天気の回復を告げた。新聞紙の荒犬は、また犬小屋の中に潜んだ。暫時《ざんじ》のうちに人々の魂の張りはゆるんだ。夏の晩だった。クリストフは息を切らして、吉報をオリヴィエにもたらしてきた。彼はうれしそうに大きく呼吸をしていた。オリヴィエは微笑《ほほえ》みながらもやや悲しげに彼をながめた。そして心にかかってる一事をあえて尋ねかねた。彼はただ言った。
「どうだい、意見の合わなかった人たちが皆団結したのを、君は見たじゃないか。」
「ああ見たよ。」とクリストフは上|機嫌《きげん》で言った。「君たちは道化役者だ。たがいに怒鳴り合いながら、心の底では皆一致してる。」
「君はそれを喜んでるようだね。」とオリヴィエは言った。
「どうして喜ばずにおれるものか。僕に対抗してなされた団結ではあっても……。なあに、僕のほうにも十分力はある……。それにまた、僕たちを巻き込む流れ、心のうちに眼覚《めざ》めてくる悪魔、それを感ずるのはうれしいことだ。」
「僕にはそれが恐ろしいのだ。」とオリヴィエは言った。「僕には永久の孤立のほうが望ましい、わが民衆の団結があんな代価を要するのなら。」
二人は口をつぐんだ。そしてどちらも、心を乱してる問題に触れかねた。がついにオリヴィエは思い切って、喉《のど》をつまらしながら言った。
「うち明けて言ってくれたまえ、クリストフ、君は帰国するつもりだったのか。」
クリストフは答えた。
「そうだ。」
オリヴィエはその返辞を予期していた。それでもやはり心に打撃を受けた。彼は言った。
「クリストフ、そんなことが君に……。」
クリストフは額《ひたい》に手をやった。そして言った。
「もうそのことを話すのはよそう。もう僕はそのことを考えたくないのだ。」
オリヴィエは悲しげに繰り返した。
「君は僕たちと戦うつもりだったのか。」
「それは僕にもわからない。そんなことは考えたことがない。」
「しかし君は心の中で決心していたじゃないか。」
クリストフは言った。
「そうだ。」
「僕を敵として?」
「君をではけっしてない。君は僕の味方だ。僕がどこに行こうと、君は僕といっしょなんだ。」
「しかし僕の国を敵としてだろう?」
「自分の国のためにだ。」
「それは恐ろしいことだ。」とオリヴィエは言った。「僕も君と同じに、自分の国を愛している。わが親愛なるフランスを愛している。しかしそのフランスのために、自分の魂を殺し得ようか? フランスのために自分の本心にそむき得ようか? それはフランスにそむくことと同じなのだ。憎悪《ぞうお》の念なしに憎んだり、憎悪の狂言を本気で演じたりすることが、どうして僕にできよう? 近世の国家は、理解し愛するのを本質とする精神上の自由な教会を、その青銅の掟《おきて》に結びつけたと称することにおいて、忌むべき罪悪――やがてみずからを倒すべき罪悪――を犯したのだ。シーザーはシーザーたるべきであって、神たらんとしてはいけない。われわれの金や生命を奪うことはできようが、われわれの魂にたいしては権利をもってはしない。われわれの魂に血を塗るの権利はない。われわれが生まれ出たのは、光明を広めるためであって、光明を消すためにではない。人は各自に義務をもっているのだ。もしシーザーが戦争を欲するならば、戦争をするための軍隊を、戦争を職務とする昔どおりの軍隊を、もつがいい。僕は何も、武力にたいするいたずらな愚痴をこぼして時間を空
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