なたがた自身のために、征服なすったのです。そこで、この国内でも、同様になさい。戦いの範囲をお広げなさい。政治や宗教などの些事《さじ》のために指弾し合ってはいけません。それは取るに足らぬ事柄です。あなたがたの民族が、教会の嫡流《ちゃくりゅう》であろうと理性の嫡流であろうと、それは大したことではありません。生きることが必要です。生をさかんならしむるものはすべていいものです。世にあるただ一つの敵は、生の泉を涸《か》らし汚す享楽的な利己主義です。力をさかんにし、光明をさかんにし、豊かな愛を、犠牲の喜びを、さかんになさい。他人から代わって活動してもらってはいけません。活動なさい、活動なさい、団結なさい、さあ!……」
 そして彼は、合唱付交響曲[#「合唱付交響曲」に傍点]の変ロ長調行進曲の初め数小節を、ピアノでやたらにたたき出した。
「いいですか、」と彼はひきやめながら言った、「僕がもしフランスの音楽家だったら、シャルパンティエかブリュノー……(どいつも駄目《だめ》だ)――僕なら、合唱交響曲のうちに、あなたがたを皆いっしょにしてみせます、市民よ武器執れ[#「市民よ武器執れ」に傍点]も、万国労働歌[#「万国労働歌」に傍点]も、アンリー四世万歳[#「アンリー四世万歳」に傍点]も、神はフランスを護る[#「神はフランスを護る」に傍点]も――ありったけのものを――(そら、こういう種類のうちに……)――口を焼けただらすほどのごった煮をこしらえてみせます。それは少したまらないかもしれません――(がとにかく彼らが作ってるものほど悪いものではない。)――しかし僕は保証しますが、それはあなたがたの腹を温《あたた》めるでしょう、そしてあなたがたは歩き出さざるを得なくなるでしょう。」彼は心から笑っていた。
 少佐も彼と同じく笑った。
「クラフト君、君はまったく元気な男だ。君がわれわれの仲間でないのは残念なことだ。」
「いや僕はあなたがたの仲間ですとも。どこへ行ったって同じ戦いです。列を固めようじゃないですか。」
 少佐は賛成した。しかし事情は以前のとおりだった。そこでクリストフはあくまで固執して、ヴェール氏やエルスベルゼ兄弟の上に話をもどした。すると少佐も同じく固執して、ユダヤ人やドレフュース派にたいする持論を繰り返した。
 クリストフはそれを寂しがった。オリヴィエは彼に言った。
「くよくよするなよ。一人で社会の精神状態を一挙に変えることができるものか。それはあまりによすぎる事なんだ。しかし君は自分で知らずにもう多くのことをしている。」
「何を僕がしてるんだい?」とクリストフは言った。
「君は一個のクリストフとなってる。」
「それがなんで他人のためになるのか。」
「大いにためになるさ。だがクリストフ、君はただ君自身でありたまえ。僕たちのことに気をもまないようにしたまえ。」
 しかしクリストフはあきらめられなかった。彼はなおシャブラン少佐と議論をつづけ、時には猛烈に言い合うこともあった。セリーヌはそれを面白がっていた。彼女は黙って仕事をしながら二人の話を聞いていた。議論には加わらなかった。けれど以前よりも快活になったように見えた。以前よりも多くの輝きを眼つきに帯びていた。前よりも広い空間が彼女のまわりにできたようだった。彼女は読書を始め、外出することがやや多くなり、興味をもつ事柄が多くなった。そしてある日少佐は、エルスベルゼ兄弟のことでクリストフと論争してるとき、彼女が微笑《ほほえ》んでるのを認めた。彼は彼女にどう思うかと尋ねた。彼女は平然と答えた。
「クラフトさんのほうが道理《もっとも》だと思いますわ。」
 少佐はまごついて言った。
「そりゃひどい!……だが結局、道理であろうがあるまいが、われわれは今のままで満足だ。あんな人たちに会う必要はない。ねえお前、そうじゃないか。」
「いいえ、お父《とう》様、」と彼女は答えた。「お会いしたほうが私はうれしゅうございますわ。」
 少佐は口をつぐんで、聞こえなかったようなふうをした。が彼自身でも、様子にはそれと見せたくなかったが、クリストフの影響をかなり感じていた。彼は批判の偏狭さと気質の猛烈さとにもかかわらず、正しい精神と寛大な心とをそなえていた。彼はクリストフが好きで、その率直さと精神の健全さとを好んでいて、クリストフがドイツ人であるのがしばしば遺憾でたまらなかった。彼はクリストフとの議論中によく憤激したが、それでもなおそういう議論を求めていた。そしてクリストフの理論は彼に働きかけずにはいなかった。彼はそのことを承認すまいと用心していた。ところがある日クリストフは、彼が一冊の書物に読みふけってるのを見出した。彼はその書物をどうしても見せなかった。するとセリーヌは、クリストフを送り出してきて二人きりになると言った。
「お
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