なたの好きなものを信ずるがいい。要するにどの思想もみな同じく尊いんです。そして世には一つの真理しかありません。それは愛し合うということです。」
「それは詩人の言い草です。あなたは人生を見ていません。精神の不一致に苦しめられた多くの家庭を、僕はたくさん知っています。」
「それは十分愛し合っていなかったからです。人は第一に自分が何を欲してるかを知らなければいけません。」
「人生においては意志がすべてをなし得るものではありません。僕がシャブラン嬢と結婚しようと欲しても、それはできないでしょう。」
「なぜでしょうか。」
アンドレは気がかりな事柄をうち明けた。彼の地位はまだでき上がっていなかった。それに財産もなく、身体も弱かった。そういう事情で結婚していいものかどうか疑っていた。大なる責任問題だ……。愛する者や自分自身を――将来の子供のことは言うまでもなく――不幸に陥《おとしい》れる憂いはないだろうか……。待つほうが――もしくはあきらめるほうが――よくはないか。
クリストフは肩をそびやかした。
「りっぱな愛し方ですね! 彼女に愛があるのなら、彼女は一身をささげて幸福になるはずです。それから子供のことについては、あなたたちフランス人は実際|滑稽《こっけい》ですよ。苦しむことのないほど十分な財産をつけてやれると思うまでは、世の中に産み出したがらない……。がそんなことはどうでもいいことです。なあに、生と生にたいする愛と生を守る勇気とを与えてやればいいんです。その他のことは……生きようと死のうと……それが人の運命です。僥倖《ぎょうこう》の生を求めるくらいなら、生きるのをやめたほうがいいでしょう。」
クリストフから発散する強健な信念は、相手のうちにも伝わっていったが、少しもその心を決しさせはしなかった。彼は言った。
「ええ、おそらくそのとおりでしょう……。」
しかし彼はそのままじっとしていた。あたかも他の多くの人々のように、意欲と行動との不能に陥ってるがようだった。
クリストフは、知り合いのフランス人のうちにたいてい見出される無気力さにたいして、戦いを始めた。その気力は、不撓《ふとう》なそしておおむね熱狂的な精励さと、不思議に結合してるのだった。中流階級の種々の方面で彼が出会う人々は、ほとんどすべて不満家だった。ほとんどすべての人々が、当代の大立者とその腐敗した思想とにたいする、同じような嫌悪《けんお》の念をいだいていた。ほとんどすべての人々が、おのが民族に裏切られた魂についての、寂しいかつ矜《ほこ》らかな意識をもっていた。そしてそれは、個人的|怨恨《えんこん》の事柄ではなかった。免職された官吏や、用途のない精力や、傷ついた獅子《しし》のように自分の土地に隠退して死んでゆく古い貴族など、すべて権力や活動的生活から追われてる、敗北した人々や階級の怨嗟《えんさ》ではなかった。それは、一般的な深い暗黙な精神的反抗の感情だった。軍隊や司法界や大学や官省や、政府機関のあらゆる主要な部分に、至るところに存在していた。しかしそれらの人々は行動してはいなかった。行動しない前から失望していた。彼らは繰り返し言っていた。
「しかたがないことだ。」
彼らは悲しい事柄を恐れて、それから思考や談話をそらしていた。そして、家庭生活のなかに隠れ家を求めていた。
彼らが政治上の行動からだけ引退したのなら、まだしもだった。しかし日常の行動の範囲内においてさえ、それら誠実な人々はだれもみな行動の興味を失っていた。彼らは軽蔑《けいべつ》してる悪者どもとの賤《いや》しい交際は大目に見ていたが、それと闘《たたか》うことは無益だと前もって考えていて、なるべく闘いをしないように用心していた。たとえば芸術家らは、ことにクリストフがよく知ってる音楽家らは、彼らに勝手なことをする新聞雑誌のスカラムーシュどもの厚顔を、なぜ反抗もしないで堪え忍んでいたのか。多くの愚人どもがいて、およそ人の知り得るあらゆる事に[#「およそ人の知り得るあらゆる事に」に傍点]無知であるのが知れ渡っていながら、それでもやはり、およそ人の知り得るあらゆる事に[#「およそ人の知り得るあらゆる事に」に傍点]主権的な力を与えられていた。彼らは自分の論説や書物を書くだけの労さえ取らなかった。彼らには秘書どもがついていた。もし魂をもってたとしたら、パンや女のためにその魂をも売りかねない、憐《あわ》れむべき飢えた乞食《こじき》どもがついていた。それはパリーでは、だれ知らぬ者のない事柄だった。それでも彼らはなお羽振りをきかせ、芸術家たちを上から見下していた。彼らの記事のあるものを読んだとき、クリストフは憤激の叫びを発した。
「おう、卑怯者《ひきょうもの》が!」と彼は言った。
「君はだれにたいし言ってるんだい。」とオリヴィエ
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