黷ェわからなかった。すると彼らは気の毒そうに彼女をながめ、頭を振って、また仕事にかかりながら言った。「でも気の毒だなあ、あんなにきれいな娘さんだが……。」
初めのうちオーベルは、牧師とヴァトレー氏との学殖や上品な態度に気圧《けお》されて、彼らの会話を鵜《う》のみにしながら黙っていた。がしだいに、自分の話を聞いてもらう素朴《そぼく》な喜びに駆られて、会話の中にはいってきた。そして自分の漠然《ばくぜん》たる理論を並べたてた。相手の二人は内心いささか微笑しながら、丁寧に耳を貸してやった。オーベルは有頂天になって、なおそれだけでは満足しなかった。彼はコルネイユ師の限りない我慢を利用し、やがて図にのってきた。苦心|惨澹《さんたん》の原稿を読んできかせまでした。牧師はいつもあきらめて耳を貸していた。そしてさほど退屈してもいなかった。というのは、相手の言葉よりも人間のほうに多く耳傾けていたから。それにまた、気の毒がってるクリストフへ答えたとおりの理由もあった。
「なあに、あの人に限ったことではありません。」
オーベルはヴァトレー氏とコルネイユ師とをありがたがっていた。そしてこの三人は、たがいに相手の思想を理解しようともつとめずに、なぜとはなしにたがいに愛し合うようになった。そしてたがいにごく接近してるのを見出してびっくりした。彼らはそんなことをかつて思ったこともなかった。――クリストフが彼らを結びつけていたのである。
クリストフはまた、エルスベルゼの二人の娘とヴァトレー氏の養女との三人に、無邪気な味方を見出した。彼は彼女らの友だちとなった。彼は彼女らが孤立して暮らしてるのを苦にした。そして彼女らのおのおのに未知の隣人のことを噂《うわさ》して、たがいに会いたくてたまらない気を起こさした。で彼女らは窓から合図をかわしたり、階段でそっと言葉をかわしたりした。そのうえなおクリストフの尽力によって、彼女らはときどきリュクサンブールの園で会う許しを得た。クリストフは計画が成功したのを喜んで、彼女らが出会う最初のときには、自分で様子を見に行ってみた。すると彼女らは、きまり悪がってもじもじしていて、新たなその幸福をどうしていいかわからないでいた。彼はすぐに彼女らを打ち解けさせ、いろんな遊びや駆けっこや追いかけっこを考え出した。自分も十歳ぐらいな子供のように勢い込んで仲間入りした。散歩の人たちは、その大子供が大声をたてて駆け出したり、三人の少女に追われて木のまわりを回ったりしてるのを、おかしそうに見やっていった。そして少女らの両親たちは、まだやはり疑念をいだいていて、リュクサンブールの遊びがたびたび繰り返されるのを、あまり好まないらしい様子だった――(なぜなら、彼らは娘をそばで監督することができなかったから。)――それでクリストフは、一階に住んでるシャブラン少佐に願って、家の庭で彼女らを遊ばせる工夫をした。
偶然にも彼はシャブラン少佐と交際を結んでいた――(偶然はいつも自分を利用してくれる人々を見出し得るものである。)――クリストフの机は窓ぎわに置いてあった。風のために楽譜の数枚が下の庭に飛ばされた。クリストフは例のごとく、帽子もかぶらず胸もはだけたままで、その楽譜を取りにいった。彼は下男に一言断わるだけのことだと思っていた。ところが扉《とびら》を開けてくれたのは若い娘だった。彼は少しまごつきながら、やって来たわけを述べた。彼女は笑顔をして彼を中にはいらせた。二人は庭へ行った。彼が楽譜を拾い集めて、娘に送られながら急いで逃げ出そうとしてるとき、もどって来た少佐に出会った。少佐はびっくりした眼つきで、その異様な客をながめた。若い娘が笑いながら彼を紹介した。
「ああ、君があの音楽家ですか。」と将校は言った。「ちょうどいい。われわれはお仲間です。」
彼はクリストフの手を握りしめた。二人は、クリストフはピアノで少佐はフルートでたがいに音楽を聞かせ合ってることを、隔てない皮肉な調子で話した。それでクリストフは辞し去ろうとした。しかし相手は彼を離さないで、際限もなく音楽談をやり始めた。それから突然話をやめて言った。
「僕のカノン([#ここから割り注]訳者注 大砲と追走曲と両様の意味あり[#ここで割り注終わり])を見に来ませんか。」
クリストフは、フランスの大砲に関する彼の意見がなんの面白いことがあるものかと思いながらも、彼のあとについて行った。ところが少佐は得意げに、音楽上のカノン――追走曲を示した。それは一種の曲芸の楽曲であって、終わりから読むこともできれば、表と裏と両面から二重奏することもできるのだった。少佐は昔理工科学校の学生であったころから、音楽にたいする趣味を常にもちつづけていた。しかし音楽のうちでもことにその難問題を好んでいた。彼にとって音楽はり
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