ッ様です。毎日神を見てはいるが、それを神だと知らないのです。神は種々の形で万人におのれを示しています――ある者には、ガリラヤにおける聖ペテロへのように、その日常生活のなかで――ある者には、(たとえばあなたの友人のヴァトレー氏には、)聖トマスへのように、治癒《ちゆ》を求めてる傷や苦痛のなかで――あなたには、おごそかなる理想のなかで、われに触るるなかれ[#「われに触るるなかれ」に傍点]のなかで……。いつかあなたも神を認めるようになるでしょう。」
「いやけっして僕は譲歩しません。」とクリストフは言った。「僕は自由です。」
「それならばなおさら神とともにいることになるでしょう。」と牧師は穏やかに言い返した。
 しかしクリストフは、自分の心に反してキリスト教徒とされることを許し得なかった。自分の思想に何かの符牒《ふちょう》をつけられることがさも問題ででもあるように、率直な熱心さで自分を守った。コルネイユ師は、ほとんどわからないくらいわずかな聖職者的皮肉と多くの温情とで、彼に耳を傾けた。彼はその信仰の習慣に基づいてる不撓《ふとう》の忍耐をもっていた。現時の教会が受けてる困難から鍛えられていた。それらの困難のために大なる憂鬱を投げかけられながらも、また痛ましい精神上の危機を通過することさえ強《し》いられながらも、心の底は少しも害せられないでいた。もとより、上に立つ人々から圧迫され、あらゆる行動を司教らからうかがわれ自由思想家らからねらわれ、両者から争って思想を利用され自分の信仰に反する役目をさせられ、同宗者と反対者との両方から等しく理解されずに攻撃されるのは、残酷なことには違いなかった。反抗することはできなかった、なぜなら服従しなければならなかったから。けれど心から服従することはできなかった、なぜなら当局者のほうが間違ってるとわかっていたから。口をきき得ない苦しみ。口をきいて誤解される苦しみ。なおその上に、自分に責任がある他の多くの魂の存在、忠言を助力を求めつつ明らかに苦しんでる多くの人々の存在……。コルネイユ師はそれらの人々のためにまた自分のために苦しんだ。しかし彼は忍従した。教会の長い歴史に比ぶれば、それらの困難の日々はいかに些少《さしょう》なものであるかを知っていた。――ただ、無言の忍諦《にんてい》のうちに潜み込んでばかりいる間に、彼は徐々に貧血してゆき、ある臆病《おくびょう》さに、口をきくことを恐れる気分に、いつしかとらわれていって、わずかな行動もますますなしがたくなり、しだいに無言無為のうちに陥っていった。それをみずから感ずると、悲しくはあったが、しかしもう反抗しようとはしなかった。ところがクリストフと出会ったことは、彼にとって大なる支持となった。その隣人が示す年少気鋭な熱意や率直なやさしい同情は、また時としては不謹慎なその質問は、彼にとって非常にためになった。クリストフは彼を強《し》いて、生者の仲間に立ちもどらしめた。
 電気職人のオーベルが、あるときクリストフの室で、この牧師と出会った。彼は牧師の姿を見るとびっくりした。嫌悪《けんお》の情をなかなか隠し得なかった。その最初の感情を押えたあとでもなお、この法服の男と顔を合わせると、いつもある気づまりな変な当惑を覚えた。彼にとっては、法服の男などはなんと言ってよいかわからない人物なのだった。それでも、教養ある人々と話をするうれしさから、反僧侶《はんそうりょ》主義の気持を制してしまった。彼はヴァトレー氏とコルネイユ師との間の親しげな調子に驚いた。民主的な牧師と貴族的な革命家とを見出したことにも、やはり同じく驚いた。それは彼がこれまで得てるあらゆる観念を覆《くつがえ》すものだった。彼は社会上のいかなる部類に彼らを置くべきかを迷った。彼は人を理解せんがために分類する必要を感じてたのである。ところが、アナトール・フランスやルナンのものを読み、それについて正当な正確な言葉を平気でくだしてる、この牧師の平穏な自由さは、いかなる所に置いてよいか容易にわからなかった。学問上の事柄においては、命令する人々からよりも知識ある人々から、コルネイユ師は導かれるのを常としていた。彼は権力を尊んではいた。しかしそれは彼にとっては、学問と同種のものではなかった。肉体と精神と慈愛、それは三つの部門であって、崇高な梯子《はしご》の、ヤコブの梯子の、三つの段であった。――善良なオーベルにはもとより、そういう精神状態を理解しがたかった。コルネイユ師はクリストフに、オーベルを見ると昔見たフランスの農夫たちのことを思い出すと、静かに話してきかした。一人の若いイギリスの女が、農夫たちに道を尋ねていた。彼女はイギリス語を話していた。農夫たちはそれがわからなかったけれど耳を傾けていた。それから彼らはフランス語を話した。彼女にはそ
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