[所に、太陽の光がさし込んできた。
 技師のエルスベルゼもまた、クリストフの楽観主義に感染していった。でもそれは彼の習慣の変化となって現われはしなかった。彼の習慣はあまりに根深いものだった。フランスを去って他国へ成功を求めに行くほど、彼の気持を冒険的にならせることは、とうてい望み得られなかった。それはあまりに大なる要求だった。しかし彼は無気力の状態から脱した。長い前から打ち捨てている研究や読書や科学的の仕事に、ふたたび趣味をもちだした。かく自分の職業に興味がふたたび眼覚《めざ》めてきた原因は多少クリストフにあるということを、彼は聞かされたら定めし驚いたであろう。そしてクリストフのほうはさらに驚いたであろう。

 家じゅうでクリストフがもっとも早く交際を結んだのは、三階の小さいほうの部屋の人たちだった。彼はその扉《とびら》の前を通るとき、一度ならずピアノの音に耳傾けた。それは若いアルノー夫人が一人きりのときに好んでひいてるものだった。そこで彼は、自分の音楽会への切符をその夫妻へ送った。彼らはそれを心から感謝した。それ以来彼は晩にときどき訪問してみた。若い婦人の演奏はもうまったく聞こえなくなった。彼女は非常に内気で人前ではひけなかった。一人きりのときでさえ、階段から聞く人があることを知ってる今では、弱音器をかけることにしていた。しかしクリストフは夫妻のために演奏してやった。そして皆で長く音楽の話にふけった。アルノー夫妻は若々しい心で話し、クリストフはそれをたいへん喜んだ。これほど音楽を愛するフランス人があろうとは、彼は思っていなかったのである。
「それは君が今まで、」とオリヴィエは言った、「音楽家にしか会わなかったからだ。」
「僕だって、」とクリストフは答えた、「音楽家はもっとも音楽を愛しない者であることを知っている。しかし君たちのような人がフランスに多数あろうとは、僕にはどうしても考えられない。」
「数千人いるさ。」
「それでは、それは一種の流行病だ、ごく最近の流行だろう。」
「流行の事柄ではありません。」とアルノーは言った。「楽器の楽しき和音や自然の声の楽しきを聞きながら[#「楽器の楽しき和音や自然の声の楽しきを聞きながら」に傍点]、それを少しも[#「それを少しも」に傍点]悦《よろこ》ぶことなく[#「ぶことなく」に傍点]、少しも感動することなく[#「少しも感動するこ
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