ノなかった。しかしパリー人というものは、自分と無関係なことにいつまでも興味をもつものである。そしてついにその秘密は、ルーサン夫人の口からクリストフ自身の耳にまで伝わった。夫人はある日音楽会で彼に出会って、あのオリヴィエ・ジャンナンと喧嘩《けんか》したのはほんとうかと尋ねた。そして、彼とオリヴィエ以外には知ってる者がないはずの事柄にそれとなく言及して、仕事のことを尋ねた。だれからそんな詳しいことを聞いたのかと尋ねられて、リュシアン・レヴィー・クールから聞いたのであり、レヴィー・クールはオリヴィエから聞いたそうであると、彼女は答えた。
クリストフはそれに参ってしまった。激烈で批評眼のない彼には、その噂《うわさ》がほんとうらしくないことを取り上げる考えは起こらなかった。彼はただ一つのことしか見なかった。オリヴィエに打ち明けたその秘密が、リュシアン・レヴィー・クールにもらされたのだ! 彼は音楽会にじっと残ってることができなかった。すぐに席を立った。周囲には空虚しか感ぜられなかった。彼はみずから言っていた、「友に裏切られた!……」
オリヴィエはコレットのもとへ行っていた。クリストフは自分の室の扉《とびら》に鍵《かぎ》をかけて、オリヴィエがいつものとおり帰ってきて少し話をしようとしても、それができないようにした。しばらくすると果たして、オリヴィエが帰って来、扉を開こうとし、鍵のかかってる向こうから挨拶《あいさつ》の言葉をささやいてるのが、聞こえてきた。しかし彼は身動きもしなかった。寝床の上に暗闇《くらやみ》の中にすわり、頭を両手でかかえて繰り返していた、「友に裏切られた!……」そしてそのまま、夜中までじっとしていた。すると、いかにオリヴィエを愛してるかを感じてきた。裏切られたことを恨んでるのではなく、ただ一人苦しんでるのだった。愛せられる者のほうには、あらゆる権利がある。もはや相手を愛さないという権利さえある。人はそれを彼に恨むことはできない。彼から見捨てられて、自分がほとんど彼の愛を受くるにも足りないということを、みずから恨むだけのことである。それこそ致命的な苦しみである。
翌朝、クリストフはオリヴィエに会っても、なんとも言わなかった。オリヴィエを非難することは――信頼に乗じて秘密を敵へ餌《えさ》として投げ与えた、と非難することは――いかにも厭《いや》な気がして、一言も
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