ヌい一言を聞くと、胸せまる思いをした。彼は高慢心からそれを口には出さず、自分自身のうちに潜み込んだ。そのうえ彼は、あらゆる大芸術家のうちにある無意識的利己心の突然の閃《ひらめ》きを、友のうちに認めないではなかった。そしてある場合には、自分の生命もクリストフにとっては、美《うる》わしい音楽に比して大した価値をもってはしないと、感ずるのであった。――(クリストフはそのことを彼に隠すだけの労をほとんど取らなかった。)――彼はよくそのことを理解して、クリストフのほうが道理だと思った。しかしそれは悲しいことだった。
それにまた、クリストフの性質中には各種の混濁した要素があって、オリヴィエにはそれがよく理解できず不安を覚えさせられた。それは奇怪な恐ろしい気分の突発だった。ある時は口をききたがらなかった。あるいはまた、ひどい意地悪をしたがって人を困らせようとばかりした。または、身を隠してしまって、その一日じゅう晩まで姿を見せなかった。あるときなどは二日間も引きつづいていなくなった。何をしてるのかだれにもわからなかった。彼自身もよくは知らなかった。……実際、彼の力強い性質は、その狭い生活と住居の中に、あたかも鶏小屋の中へでも入れられたように押し縮められて、ときどき爆発しかけていた。友の落ち着いてる様が腹だたしかった。するとその友をいじめてやりたくなった。そしては逃げ出して自分と自分を疲らさなければならなかった。パリーの街路や郊外をうろつき回って、ぼんやり何かの冒険を求め歩いた。そして時にはそれにぶつかった。悪い奴に出っくわして満ちあふれた力を喧嘩《けんか》に費やしてしまうようなことでも、彼には平気だったろう……。オリヴィエは憐《あわ》れな健康と肉体の弱さとのために、そのことを理解しかねた。がクリストフ自身にもよくわかってはいなかった。疲れ多い夢から覚《さ》めるように、それらの迷蒙《めいもう》から眼を覚ました――自分のしたことや、これからまだしかねないことなどが、やや恥ずかしくもあり不安でもあった。しかしその狂乱の突風が吹き去ると、あたかも雷雨のあとの広い洗われた空のように、あらゆる穢《けが》れから清められ朗らかになり主権者となった自分自身を、彼はふたたび見出すのだった。オリヴィエにたいしては前よりいっそうやさしくなり、苦しみをかけたことを心痛していた。二人がなんでちょいちょい争い
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