ヒ能を尊重してはいたが、それを世に紹介しようとつとめてはいなかった。ところが、モークが自分の金で他の出版屋に出版させかねないのを見て、彼は自負心から、みずから進んでそれを引き受けたのだった。
 モークはまた、オリヴィエが病気にかかって金のない困難な場合に、二人と同じ建物に住んでる金持の考古学者たるフェリックス・ヴェールに、助力を求めようと考えついた。モークとヴェールとは知り合いだったが、おたがいにあまり同情の念はなかった。彼らはあまりに異なっていた。落ち着きがなく底暗く革命主義で、おそらく故意に誇張された「平民」的態度をしてるモークは、平静で嘲笑《ちょうしょう》的で上品な態度と保守的な精神とをもったヴェールの、皮肉を招いていた。もとより彼らは共通の素質をももっていた。二人とも同じく活動にたいする深い興味を失っていた。そしてただ執拗な機械的な活力だけで支持されていた。しかしそれを意識することを二人とも好まなかった。彼らは自分の演じている役割にしか注意を払いたがらなかった。そしてその役割には、たがいに接触点がほとんどなかった。それでモークは、ヴェールからかなり冷やかに取り扱われた。オリヴィエとクリストフの芸術上の企図について、ヴェールに興味をもたせようとしたとき、彼はその懐疑的な冷笑に出会った。いつもなんらかの空中楼閣に熱中してるモークは、ユダヤ人仲間の笑い話となっていて、危険な「山師」とされていた。が彼は多くの場合のように、こんども落胆はしなかった。なおしつこく説きたてて、クリストフとオリヴィエとの友情を話してきかせながら、ヴェールの興味をひいた。それに気づいてなお説きつづけた。
 彼はその点で相手の心琴に触れていた。友もなくすべてから離れてるこの老人は、友情を非常に尊んでいた。彼が一生のうちに感じた大なる情愛は友情だったが、途中でその友をも失ったのだった。友情は彼の内心の宝だった。友情のことを考えると慰められた。友の名前でいろんなことをやってきた。亡き友に著書をささげたりした。そして今、クリストフとオリヴィエとの相互の愛情をモークから聞かされると、そのいろんな点に感動させられた。彼の身の上の話も、二人のことと多少似通っていた。亡くなった彼の友は、彼にとっては、一種の兄であり、青春の伴侶《はんりょ》であり、崇拝してる嚮導《きょうどう》者であった。若いユダヤ人のある者ら
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