a[クの親切に感動して、やさしく両手をとりながら言った。
「実に不幸なことだ……実に不幸なことだ、あなたがユダヤ人であるのは!」
オリヴィエはそれがあたかも自分のことででもあるかのように、ぎくりとして真赤《まっか》になった。非常に当惑して、友が相手に与えた不快を打ち消そうとつとめた。
モークは寂しい皮肉の様子で微笑《ほほえ》み、落ち着いて答えた。
「人間であるのはさらに大きな不幸です。」
クリストフはそれを単なる思いつきとしか見なかった。しかしその言葉のうちにこもっている悲観思想は、彼が想像も及ばないほど深いものだった。オリヴィエは精緻《せいち》な感受性によって、それを直覚し得た。人に知られてるモークの下には、まったく異なった、そして多くの点においては全然反対でさえある、他のモークが存在していた。彼の表面の性質は、真の性質にたいする長い戦いから生じたものだった。単純らしく見えるこの男は、曲がりくねった精神をもっていた。自制していない場合には、いつも簡単な事物をも複雑にしたがり、もっとも真実な感情にも気取った皮肉の性質をもたせたがった。謙譲でときとするとあまりに卑下してる観があるこの男は、その底に傲慢《ごうまん》さをもっていて、それをみずから知ってひどく抑制していた。彼のにこやかな楽観主義、たえず他人に尽くさんとする不断の活動性は、深い虚無思想を、自分で見るのも恐ろしい致命的な落胆を、その下に覆《おお》い隠していたのである。モークは、多くのことに大なる信念を表示していた。人類の進歩、純化されたユダヤ精神の未来、新精神の闘士たるフランスの運命などに。――(彼はこの三つの事柄を好んで同一視していた。)――しかしオリヴィエはそんなことに欺かれはしなかった。彼はクリストフに言った
「心の底では、彼は何も信じていないのだ。」
モークは、その皮肉な良識と冷静とにもかかわらず、自分のうちの空虚をながめたがらない神経衰弱者だった。ときどき虚無の発作に襲われた。真夜中に慴《おび》えた唸《うな》り声をたてながら、突然眼を覚《さ》ますこともあった。至る所に動き回るべき理由を捜し求めては、あたかも水中で浮標にすがるようにそれへしがみついていた。
あまりに古い民族たるの特権は、高い代価を要する。そのとき人がになわせられるものは、苦難や疲れた経験や裏切られた知能と愛情など、過去の大なる
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