原稿の一つが掘り出されて読まれた。そして多くの躊躇《ちゅうちょ》の後に――(なぜなら、その作はある価値をもってるらしかったが、作者の名前は世に知られていないのでなんらの価値ももっていなかった)――ついに採用されることとなった。オリヴィエはその吉報を聞くと、もうこれで心配は終わったと思った。しかしそれは心配の始まりだった。
パリーでは、作品を受諾してもらうことは比較的たやすい。しかし作品を発表してもらうことは別事である。編集者らを機嫌《きげん》取ったりうるさがらせたり、それら小さな君王らの前にときどき伺候したり、自分が存在してることや必要なときにはいつでも困らしてやる決心でいることを彼らに思い出さしたりする、という才能を知らないときには、幾月も、場合によっては一生でも、待ちに待たなければならない。ところがオリヴィエは自分の家に閉じこもってることしか知らなかった。そして待ちくたびれてしまった。たかだか手紙を書くくらいなものだったが、それにはなんの返事も来なかった。いらいらしてもう仕事も手につかなかった。それは馬鹿げたことではあったが、理屈ではどうにもならなかった。彼はテーブルの前にすわり、落ち着かない悩みに沈んで、郵便の来る時間時間を待ちくらした。室から出て行っては、下の門番のところにある郵便箱に希望の一|瞥《べつ》を投げたが、すぐに裏切られてしまうのだった。散歩に出ても何にも眼にははいらず、もどって来ることばかり考えるのだった。そして、最終便の時間が過ぎてしまうとき、室の中の静けさを乱すものは頭の上の鼠《ねずみ》どもの荒々しい足音ばかりとなるとき、彼は編集者らの冷淡さに息づまる心地がした。一言の返事、ただ一言! それだけの恵与をも拒まれるのであろうか? けれども、それを彼に拒んだ者のほうでは、彼をどれだけ苦しめてるかは夢にも知らないでいた。人はそれぞれ自分の姿によって世界をながめるものである。心に生気のない人々は世界を乾燥しきったものと見る。そして彼らは、年若い人々の胸に湧《わ》き立つ期待や希望や苦悶《くもん》のおののきを、ほとんど思ってもみない。もしそれを思いやるとしても、飽満した身体の鈍重な皮肉さで、それを冷淡に批判してしまう。
がついに作品は発表された。オリヴィエはあまりに待たされたので、もうなんらの喜びをも感じなかった。それは彼にとっては死物だった。それで
前へ
次へ
全167ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング