た。)――沈黙に飢えてるそういう精神|疲憊《ひはい》の状態にあっては、教師の職務は堪えがたくなったのだった。この職業では、虚勢を張り思想を高言しなければならないし、けっして一人きりでいることがないので、それにたいして彼はかつて趣味がもてなかった。中学の教師としては、何かある高尚さをもつために、伝道師的な気質が必要だった。がオリヴィエはそういう気質を少しももたなかった。大学の教師としては、たえず公衆と接触することを余儀なくされた。がオリヴィエのように孤独を愛する魂にとっては、公衆との接触は痛ましいことだった。オリヴィエは二、三度公衆の前で話さなければならなかった。彼はそれについて妙な屈辱を感じた。高い壇の上で見世物となることが嫌《いや》でたまらなかった。彼は聴衆を見物[#「見物」に傍点]し、あたかも触角でするように聴衆を感知し、聴衆の大部分は憂晴《うさば》らしを求めてるだけの無為の徒からなってることを知った。そして公々然と人の慰みになるような役目は、彼の趣味に合わなかった。それからことに、演壇の上から発する言葉は、思想を変形してしまうものである。よほど注意しないとその言葉は、身振りや語調や態度や思想表白の方法などのうちに――気持のうちにさえも、ある一種の道化味をしだいに導き入れる。講演というものは、退屈な喜劇と世俗的な物知り顔、その二つの暗礁の間を行き来する種類のものである。敷石の見知らぬ無言の人々の面前における、その声高な独自の形式、万人に向くはずであってしかもだれにも似合わない、その出来合いの着物、それは、多少人|馴《な》れない高慢な芸術家気質にとっては、ひどく間違ったものと思われる事柄である。オリヴィエは、自分自身に沈潜して自分の思想の完全な表現のみをしか口にしたくない欲求を感じていたので、ようやくにして得た教師の職をも擲《なげう》ってしまった。そして、彼の夢想的傾向を止めるべき姉もいなくなっていたので、彼は筆を執り始めた。芸術的な価値がありさえすれば、別にその価値を人に認められようと努力せずともかならず認められるものだと、率直に考えていた。
ところが彼はその夢から覚《さ》めさせられた。何一つ発表することができなかった。彼は自由を熱愛していたので、すべて自由をそこなうものを嫌悪《けんお》して、自分一人離れて生きていた。あたかも、たがいに対抗団結を作って国土と新
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