|沮喪《そそう》する心地がした。
「君たちはこんなものを民衆に与えるのか。」と彼は尋ねた。幾時間か自分の不幸を忘れようとやって来るのにそういう悲しい娯楽を与えられる、それらの憐《あわ》れな人々を、彼は気の毒に思ったのだった。「まるで民衆を地中に埋めるようなものじゃないか。」
「なに安心したまえ。」とオリヴィエは笑いながら答えた。「民衆はやって来やしない。」
「当たり前さ。君たちは正気の沙汰《さた》じゃない。民衆から生きる勇気を奪ってしまおうとでもいうんだね。」
「なぜだい? 民衆だってわれわれと同じように、事物の悲しさを見てとりしかも落胆せずに義務を尽くすということを、学ばなければならないじゃないか。」
「落胆せずにだって? そりゃ疑問だ。ただ確かなのは、喜びなしにということだけだ。そして、人間の生の喜びを滅ぼしてしまうときには、そのままでゆけるものじゃない。」
「ではどうすればいいのか。だれにも真理を偽る権利はない。」
「しかし、万人に向かって真理を全部言ってきかせる権利もないのだ。」
「君がそんなことを言うのか。君はたえず真理を要求し、何よりも真理を愛してると言ってたくせに!」
「そうだ、僕にとっては、また、真理をにない得るだけ丈夫な腰をもってる者にとっては、真理がいいのだ。しかしその他の者にとっては、それは一種の残酷であり馬鹿げたことだ。そうだ僕は今わかってきた。国にいたらこんなことは頭に浮かびもしなかったろう。あちらでは、ドイツでは、人は君たちのように真理にとっつかれてはしない。彼らは生きることにあまりに執着してる。用心深く見たいことだけを見ている。ところが君たちはそうでない。だから僕は君たちが好きなんだ。君たちは勇敢で、まっすぐに進んでゆく。しかし君たちは人間的でない。一つの真理を発見したと考えるときには、ちょうど聖書にある尻尾《しっぽ》に火のついた狐《きつね》のように、その真理が世界じゅうに火をつけるかどうかはお構いなしに、それを世界に放ってしまう。君たちが自分の幸福よりも真理を取るのは、僕も尊敬するよ。しかし他人の幸福よりもとなると……よしてもらいたいね。君たちはあまりに勝手すぎる。自分自身よりも真理を愛さなけりゃいけないけれど、真理よりも隣人をいっそう愛さなけりゃいけない。」
「では隣人に嘘《うそ》をつかなくちゃいけないのか。」
 クリストフはゲーテ
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