という博識な感傷性といったものは、ある種の文学者らにしか働きかけるものではない。打ち克《か》ちがたい抱擁《ほうよう》力で人を一地方に結びつけるものは、もっとも粗野な者にももっとも聡明《そうめい》な者にも共通なる、漠然《ばくぜん》としたしかも強い感覚――数世紀以来その土地の一塊であり、その生命に生き、その息吹《いぶ》きを呼吸し、同じ床に相並んで寝た二人の者のように、その心臓の音がじかに自分の心臓へ響くのを聞き、そのかすかなおののき、時間や季節や晴れ日や曇り日の無数の気味合《ニュアンス》、事物の声や沈黙、などを一々感じ取ってるという、漠然としたしかも強い感覚なのである。おそらくは、もっとも美しい地方よりも、または生活のもっとも楽しい地方よりも、土地がもっとも簡素で、もっとも見すぼらしく、人間に近く、親しい馴《な》れ馴れしい言葉を話しかけるような、そういう地方こそ、よりよく人の心をとらえるものである。
 ジャンナン家の人たちが住んでいたフランス中部の小地方は、まさにそのとおりであった。平坦《へいたん》な濡《うるお》いのある土地、淀《よど》んだ運河の濁り水に退屈げな顔を映してる、居眠った古い小
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