っとした身振りや恥ずかしげな横目などとなって現われた。その様子が面白くもあればかわいくもあった。そういう心乱れのためにいっそう魅力が増した。人々の欲望は募るのみだった。そして彼女は貧しい娘で、世に保護者もなかったから、人々はその思いを彼女に打ち明けてはばからなかった。
彼女はときどき、富裕なイスラエル人ナタン家の客間へ行った。ナタン家と親しい家に彼女は出稽古《でげいこ》をしていたが、そこで出会ってから同情を寄せられたのだった。そして彼女は人づきが悪かったにもかかわらず、ナタン家の夜会へも一、二度出席を強《し》いられた。アルフレッド・ナタン氏は、パリーで知名な教授であって、秀《ひい》でた学者であるとともにいたって交際家で、ユダヤ人仲間によくある学識と軽佻《けいちょう》さとが不思議に混和してる人物だった。ナタン夫人のうちには、ほんとうの親切と過度の俗臭とが同じ割合に混ざり合っていた。二人ともアントアネットにたいして、騒々しい真実なしかも間歇《かんけつ》的な同情をやたらに見せつけた。――アントアネットは一般に、自分と同宗教の人たちの間によりも、ユダヤ人らの間により多くの温良さを見出していた。ユダヤ人らは多くの欠点をもってはいるが、しかしまた大なる美点を、おそらくはあらゆる美点のうちの第一のものをもっている。彼らは生活者であり、人間的である。人間的なものならいかなるものにも無関心でなく、また生活してるすべての人に同情をもっている。真の熱い同情の念は欠けてるとは言え、不断の好奇心をそなえていて、なんらかの価値ある魂や思想なら、たとい自分らの魂や思想といかに異なったものであろうとも、それを捜し求めている。と言って彼らは一般に、それを助けるために大したことをなすのではない。なぜなら、彼らはまた同時に、利害の念にあまり多くとらわれていて、世俗的な虚栄心などに支配せられてはしないと自称しながらも、やはりだれよりももっとも多くそれに支配せられてるのだから。しかし少なくとも、彼らは何かをしている。そして現代の無情な社会のうちにあっては、それでもなお多とすべきである。すなわち彼らは、活動の発酵素であり、生活の酵母である。――アントアネットは、カトリック教徒らのうちで、氷のように冷淡な壁へぶつかったので、ナタン夫妻が示してくれる同情はいかに皮相なものであったにせよ、その価をだれよりもよく感じたのだった。ナタン夫人はアントアネットの献身的な生活をおおよそ見てとった。彼女の身体と精神との美しさに心ひかれた。そして彼女を保護してやろうと思った。夫人には子供がなかった。しかし若い者が好きで、しばしば若い人々を家に集めていた。アントアネットにも来るように、孤独の生活から出て少しく気晴らしをするようにと、夫人はしきりにすすめた。そして、アントアネットがもじもじしてる一部の原因はその貧しいゆえだと、たやすく推察し得たので、きれいな身回りの品を与えようとまでした。アントアネットは自尊心からそれを断わった。しかし親切な保護者たる夫人は、彼女をたいへん贔屓《ひいき》にしていて、いろいろくふうのあまりに、それらの小さな贈り物の幾つかを無理に受けさしてしまった。女の無邪気な虚栄心にとってはきわめて貴重な品物だった。アントアネットは感謝するとともにまた当惑した。ときおりはナタン夫人の夜会へつとめてやって来た。そして彼女はまだ若かったから、さすがにその夜会が楽しくないでもなかった。
しかし、多くの青年らがやって来る多少雑多なその集まりの中で、ナタン夫人から愛顧されてる貧しいきれいな彼女は、すぐに二、三の道楽者の目標となった。彼らはすっかり確信しきって、彼女は自分のものだときめていた。前もって彼女の臆病《おくびょう》さにつけ込んでいた。彼女を賭《か》け物とさえ見なしていた。
彼女はやがて、無名の手紙――なおくわしく言えば、上品な偽名を用いてる手紙――を幾通か受け取った。それらはみな意中を明かす手紙だった。愛の手紙で、初めはまず密会場所を定めた阿諛《あゆ》的な急《せ》き込んだものだった。つぎにはすぐに、威嚇《いかく》を試みた大胆な手紙となり、やがて侮辱的な卑しい誹謗《ひぼう》の手紙となった。それは彼女を裸体にし、彼女の身体の秘処を細かく述べたて、露骨な渇望で彼女の身体を汚していた。定めた密会場所へもし彼女が来なかったら、公衆の中で侮辱してやるとおどかしながら、彼女の無邪気な性質に乗じようとしていた。彼女はそういう申し込みを招いた心痛から涙を流した。そしてそれらの侮辱は彼女の身体と心との自尊心をひどく害した。彼女はどうしたらそれからのがれられるかわからなかった。弟には話したくなかった。弟があまり心配して事件をなおいっそう重大ならしむることは、わかりきっていた。また彼女には他に男の
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