にすわり、窓の方を向いて、黙って涙を流した。彼らは三人とも同じ理由で泣いているのではなかった。ジャンナン夫人とオリヴィエとは、あとに残してきたもののことばかりを考えていた。アントアネットは今後の事柄をいっそう考えていた。彼女はそれをみずからとがめた。過去の思い出にのみふける方が好ましかった。――彼女が未来のことを思うのは道理だった。彼女は母や弟よりもいっそう確かな見解をもっていたのである。母と弟とはパリーに幻をかけていた。アントアネットでさえ、彼らがパリーでどんな目に会うかを少しも気づいていなかった。彼らはまだかつてパリーへ行ったことがなかった。ジャンナン夫人には、パリーに、ある司法官と結婚して豊かに暮らしてる姉があった。その姉の助力を彼女は当てにしていた。それにまた、子供たちはりっぱな教育を受けてはいるし、母親としては通例な彼女の自惚《うねぼ》れの眼から見れば、天分もかなりあるしするから、りっぱに生活するのは容易であろうと、彼女は信じ込んでいた。
到着の印象は痛ましかった。早くも停車場で、荷物取扱場に押し合ってる人込みや、出口の前に入り乱れてる馬車の騒々しさなどに、彼らは惘然《ぼうぜん》としてしまった。雨が降っていた。辻《つじ》馬車が見出せなかった。重い荷物に腕も折れるばかりになって、街路のまん中に立ち止まっては、馬車にひかれるか泥《どろ》をはねかけられるかするような危い目に会いながら、遠くまで行かなければならなかった。いくら呼んでも応じてくれる御者はなかった。がついに、胸悪くなるほど汚《きた》ない古馬車を駆ってる御者を呼び止めることができた。その馬車に荷物をのせると、一巻きの毛布を泥の中に取り落とした。かばんをもってきた赤帽と御者とは、彼らの不案内につけこんで二倍の金を払わせた。ジャンナン夫人はある旅館を名ざしたが、それは、じいさんたちのだれかが三十年も前に泊まったからというので不便を忍んでやってくる田舎《いなか》者相手の、下等で高価な旅館の一つだった。そこへ馬車から降ろされた。客がいっぱいだというので、狭い所に三人いっしょに押し込まれて、三室分の代を勘定された。食事に彼らは倹約するつもりで、定食を断わって質素な食べ物を注文したが、それがまた非常に高価《たか》くて、おまけにすぐ腹がすいた。彼らの幻影は到着すると間もなく消えてしまった。そして旅館に落ち着いた最
前へ
次へ
全99ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング