分には何も残っていないのを知った、なんらの希望もなんらの支持もないのを。もはや頼りうるだれもいなかった。
 悲しい恥ずかしい葬式が行なわれた。教会は自殺者の死体を受けることを拒んだ。寡婦と孤児たちとは卑劣な旧友らから見捨てられた。ようやく二、三の人たちがちょっと顔を出した。彼らの迷惑そうな態度は、他に会葬者がないことよりもさらにつらかった。彼らは会葬を一つの恩恵としているらしかった。その沈黙は非難と軽蔑《けいべつ》的な憐憫《れんびん》との塊《かたま》りだった。親戚《しんせき》の方はさらにひどかった。ただに弔慰の言葉を寄せないばかりでなく、苦々《にがにが》しい非難を寄せてきた。銀行家の自殺は人々の怨恨《えんこん》を鎮《しず》めるどころか、破産にも劣らないほどの罪悪らしかった。中産階級は自殺者を許さない。もっとも不名誉な生よりもむしろ死を選ぶことは、もってのほかのことだと思われている。「諸君といっしょに生きることくらい不幸なことはない、」と言うらしい人の上には、あらゆる峻厳《しゅんげん》な法の制裁が喜んで加えられる。
 もっとも卑怯《ひきょう》な者こそ、もっとも激しく自殺を卑怯な行ないだと非難する。自殺者が人生からのがれながら、おまけに彼らの利益と復讐《ふくしゅう》心とを毀損《きそん》するときには、彼らは狂人のようになる。――彼らは、不幸なジャンナン氏がいかに苦しんでからそこまで到達したかを、ちょっとも考えてみようとしなかった。なお彼を千倍も苦しませたいほどだった。そして彼がいなくなると、その家族の者たちに非難の鋒先《ほこさき》を向けた。彼らはそれを自認してはいなかった。なぜならそれは不正なことだと知っていたから。けれどもやはりそうせずにはいられなかった。一つの犠牲者が彼らには必要だったのである。
 もはや嘆くよりほかに能のないように見えるジャンナン夫人も、夫が攻撃をされると、気力を回復してきた。彼女は今や、どんなに彼を愛していたかを知った。そして三人の者は、あすはいかになりゆくか少しも考えていなかったので、皆心を合わせて、母の持参財産や各自の財産を提供して、できるだけ父の負債を償却した。それからもう土地へとどまってることができなくて、パリーへ行こうと決心した。

 出発は逃亡に等しかった。
 前日の夕方――(九月末の寂しい夕《ゆうべ》だった。田野は白い濃霧に覆《おお》
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