を見るのだと思ってうれしかった。
旅の支度《したく》は大事件だったが、それがまた始終の楽しみだった。二人が出発したときは、もう八月もだいぶふけていた。彼らはあまり旅には馴《な》れていなかった。オリヴィエはその前夜眠れなかった。そして汽車の中でもその夜眠れなかった。一日じゅう、汽車に乗り遅れはすまいかと心配したのだった。二人はせかせか急いでいて、停車場では人から押しのけられ、二等車の中にぎっしりつめ込まれて、眠ろうとて肱《ひじ》をつく余地も得られなかった――(平民主義をもって知られてるフランスの鉄道会社は、富裕でない旅客からつとめて特権を奪って、金のある旅客らに、自分たちだけ特権を享受し得ると考える愉快さを与えようとしてるのである。)――オリヴィエはちょっとの間も眼をつぶらなかった。正しい汽車に乗ってるかどうか安心しきれないで、各停車場の名前ばかり気にしていた。アントアネットは半ばうとうととしては、またたえず眼を覚《さ》ました。列車の動揺のため頭をぶっつけていた。移動墓穴のような車室の天井に輝いてる無気味なランプの光で、オリヴィエは彼女をながめた。そして彼は突然、その顔の変化に動かされた。眼のまわりはくぼみ、あどけない口は半ば開き、皮膚の色は黄色っぽくなり、小さな皺《しわ》が頬《ほお》のあちらこちらに寄って、悲嘆と幻滅との悲しい月日の跡をとどめていた。年老い病んでる様子だった。――そして実際、彼女はまったく疲れきってるのだった。もしできることなら出発を延ばしたかったろう。しかし彼女は弟の楽しみを妨げたくなかった。自分はただ疲れてるだけで、田舎《いなか》へ行ったら元気になるだろうと、強《し》いて思い込みたかった。が途中で、病気になりはすまいかとどんなにか心配していた。――彼女は弟からながめられてるのを知った。押っかぶさってくる眠気を無理にしりぞけて、眼を見開いた――その眼はいつもあんなに若々しく清らかで澄んでいたが、今は小さな湖水の上を雲が渡るように、無意識的な苦痛の影がときどき通りすぎた。彼は気がかりなやさしい調子で声低く、気分はどうかと尋ねた。彼女は彼の手を握りしめて、気分はよいと断言した。愛情のこもった一言で彼女は気を引きたてられていた。
やがて、ドールとポンタルリエとの間の蒼茫《そうぼう》たる平野の上の赤い曙《あけぼの》、眼覚《めざ》めくる田野の光景、大地か
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