。大通りを横切るときには危うく轢《ひ》き殺されようとした。二人は繰り返していた。
「オリヴィエ!……姉《ねえ》さん!……」
 彼らは大股《おおまた》に階段を上っていった。室にはいると、たがいに抱き合った。アントアネットは弟の手を取って、父と母の写真の前に連れていった。それは彼女の寝台のそばに、室の片隅《かたすみ》にあって、一つの聖殿をなしていた。彼女はその写真の前に彼とともにひざまずいた。そして二人はひそかに泣いた。
 アントアネットはちょっとした御馳走《ごちそう》を取り寄せた。しかし二人ともそれに手がつけられなかった。食欲がなかった。オリヴィエは姉の膝《ひざ》にすがりつき、またはその膝の上に乗って、子供のように愛撫《あいぶ》されながら、そのまま二人は晩を過ごした。ほとんど口がきけなかった。もううれしがる力さえなかった。二人とも精がつきていた。九時前に床について、ぐっすり眠った。
 翌日、アントアネットは激しい頭痛を感じたが、しかし心からは非常な重荷が取り去られた気がした。オリヴィエはようよう初めて息がつける心地がした。彼は救われたのだ。彼女は彼を救い、自分の務めを果たしたのだ。そして彼は彼女の期待にそむかなかったのだ……。――幾年も、幾年もの後に初めて、彼らは怠惰に身を任せた。午《ひる》ごろまで床にはいっていて、たがいの室の扉《とびら》を開け放しながら、たがいに話し合った。鏡の中でたがいに見合わして、疲れに脹《は》れたうれしい顔をながめた。たがいに微笑《ほほえ》みかわし、接吻《せっぷん》を送り合い、またうとうととし、疲れはてがっかりして、やさしい単語を言いかわすだけの力しかなくて、またいつのまにか眠ってゆくのをたがいにながめ合った。

 アントアネットは、なお少しずつ貯蓄をつづけていて、病気の場合の金を少し残しておいた。弟をびっくりさしてやろうと思って黙っていた。そして、入学許可の翌日に、数年間の苦しみの褒美《ほうび》に二人とも、スイスへ一月ばかり行こうと言い出した。今やオリヴィエは、官費で師範学校の三年を過ごし、それから学校を出ると、職を得られることも確かだったから、彼らは愉快をつくして貯蓄を使い果たしても構わなかった。オリヴィエはそれを聞いて喜びの叫び声をたてた。アントアネットは彼よりもなおうれしかった――弟の幸福がうれしかった――あこがれていた田舎《いなか》
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