ては、だれも心にかける者はいなかった。
 ドイツに来て新しい地位につくと、どこにいたときよりもなおいっそう、彼女はその愛情の用途を見出さなかった。彼女がフランス語を子供たちに教える役目ではいったグリューネバウム家の人たちは、彼女に少しの同情も示さなかった。彼らは横柄《おうへい》で無遠慮であり、冷淡でぶしつけだった。金はかなりよく出した。がそうすることによって彼らは、金を受け取る者を一種の債務者だと見なして、その者にたいしてはどんなことをしてもいいと思っていた。彼らはアントアネットをやや高等な一種の召使として取り扱い、ほとんどなんらの自由をも許し与えなかった。彼女は自分の室をももたなかった。子供たちの室につづいてる控え室に寝て、間の扉《とびら》は夜通しあけ放されていた。けっして一人きりになることがなかった。ときどき自分自身のうちに逃げ込みたい彼女の欲求――内心の静寂境にたいしてすべての人がもってる神聖な権利、それも尊敬されなかった。彼女の幸福といってはただ、心の中で弟に会って話をすることだった。彼女はわずかな隙《ひま》をも利用しようとした。がその隙まで邪魔された。一言書き始めるや否や、だれかに室の中を身近くぶらつかれて、何を書いてるかと尋ねられた。手紙を読んでると、何が書いてあるかと聞かれた。嘲弄《ちょうろう》的な馴《な》れ馴れしさで「いとしい弟」のことを尋ねられた。彼女は隠れ忍ばなければならなかった。彼女がときどきどういうくふうをめぐらしたか、オリヴィエの手紙を人目を避けて読むために、どういう片隅《かたすみ》にこもったかは、語るも恥ずかしいことだった。もし手紙を室の中に置いておくと、きっと人に読まれていた。そしてかばん以外には、締まりのできる道具をもっていなかったので、人に読まれたくない紙片は、すっかり膚《はだ》につけていなければならなかった。出来事や心の中のことをたえずうかがわれ、思考の秘所をつとめてあばこうとされた。それも、グリューネバウム家の人たちが彼女に同情してるからではなかった。彼らは金を払ってる以上彼女を自分たちのものだと思っていた。と言って悪意をいだいてるのではなかった。無遠慮は彼らの根深い習慣だった。彼らの間ではたがいに無遠慮を不快とは思わなかった。
 アントアネットがもっとも堪えがたく思ったものは、日に一時間も無遠慮な眼つきからのがれることを許さな
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