じたのだった。ナタン夫人はアントアネットの献身的な生活をおおよそ見てとった。彼女の身体と精神との美しさに心ひかれた。そして彼女を保護してやろうと思った。夫人には子供がなかった。しかし若い者が好きで、しばしば若い人々を家に集めていた。アントアネットにも来るように、孤独の生活から出て少しく気晴らしをするようにと、夫人はしきりにすすめた。そして、アントアネットがもじもじしてる一部の原因はその貧しいゆえだと、たやすく推察し得たので、きれいな身回りの品を与えようとまでした。アントアネットは自尊心からそれを断わった。しかし親切な保護者たる夫人は、彼女をたいへん贔屓《ひいき》にしていて、いろいろくふうのあまりに、それらの小さな贈り物の幾つかを無理に受けさしてしまった。女の無邪気な虚栄心にとってはきわめて貴重な品物だった。アントアネットは感謝するとともにまた当惑した。ときおりはナタン夫人の夜会へつとめてやって来た。そして彼女はまだ若かったから、さすがにその夜会が楽しくないでもなかった。
しかし、多くの青年らがやって来る多少雑多なその集まりの中で、ナタン夫人から愛顧されてる貧しいきれいな彼女は、すぐに二、三の道楽者の目標となった。彼らはすっかり確信しきって、彼女は自分のものだときめていた。前もって彼女の臆病《おくびょう》さにつけ込んでいた。彼女を賭《か》け物とさえ見なしていた。
彼女はやがて、無名の手紙――なおくわしく言えば、上品な偽名を用いてる手紙――を幾通か受け取った。それらはみな意中を明かす手紙だった。愛の手紙で、初めはまず密会場所を定めた阿諛《あゆ》的な急《せ》き込んだものだった。つぎにはすぐに、威嚇《いかく》を試みた大胆な手紙となり、やがて侮辱的な卑しい誹謗《ひぼう》の手紙となった。それは彼女を裸体にし、彼女の身体の秘処を細かく述べたて、露骨な渇望で彼女の身体を汚していた。定めた密会場所へもし彼女が来なかったら、公衆の中で侮辱してやるとおどかしながら、彼女の無邪気な性質に乗じようとしていた。彼女はそういう申し込みを招いた心痛から涙を流した。そしてそれらの侮辱は彼女の身体と心との自尊心をひどく害した。彼女はどうしたらそれからのがれられるかわからなかった。弟には話したくなかった。弟があまり心配して事件をなおいっそう重大ならしむることは、わかりきっていた。また彼女には他に男の
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