だろう。僕は稽古《けいこ》をしてやるつもりだ。」
 ディーネルは当惑の様子をした。
「何かあるのかい。」とクリストフは言った。「そんなことをするくらいには十分僕に音楽の心得があることを、君は疑ってでもいるのかい。」
 彼はあたかも自分の方で世話してやるかのような調子で、世話を求めてるのだった。ディーネルは、向こうに恩を感じさせる喜びのためにしか何かをしてやりたくなかったので、もう彼のためには指一本も動かしてやるものかと思っていた。
「君はそれには十分すぎるほど音楽を心得てはいるが……ただ……。」
「なんだい?」
「それはむずかしいよ、たいへん困難だよ、ねえ、君の境遇では。」
「僕の境遇?」
「そうだ……つまりあの事件が、あの表|沙汰《ざた》が……もしあれが知れ渡ると……僕にはどうも困難だ。いろいろ掛り合いを受けることになるかもしれない。」
 彼はクリストフの顔が怒りにゆがんでくるのを見て言いやめた。そして急いで言い添えた。
「僕のことじゃない……僕は恐れはしない……。ああ、僕一人だけだったら!……叔父《おじ》がいるのでね……君も知ってるとおり、この家は叔父のものなんだ。叔父に言わなけり
前へ 次へ
全387ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング