ていた。巨人ヘンデルも笞刑《ちけい》を受けていた。ただヨハン・セバスチアン・バッハのみは、「誤って新教徒になった者」と上帝から認められ、その慈悲によって特赦を受けていた。
 サン・ジャック街の殿堂で布教が行なわれていた。魂と音楽とが救済されていた。天才の規則が組織的に教えられていた。勤勉な生徒らは、多くの苦心と絶対の確信とをもって、その方法を実地に適用していた。あたかも彼らはその敬虔な労苦によって、オーベル輩、アダム輩、および、かの偉大な罪人であり悪魔的な驢馬《ろば》であり、悪魔の権化《ごんげ》にして音楽上の悪魔[#「音楽上の悪魔」に傍点]なるベルリオーズ、そういう父祖の、軽薄さの罪を、償おうとでも思ってるかのようだった。そして讃むべき熱心と誠実なる信仰とをもって、すでに認められた大家にたいする崇拝を世に広めていた。約十年間のうちに偉大な事業が完成されていた。フランスの音楽はそれで一新されたのだ。音楽を学んだのは、ただに批評家ばかりではなく、音楽家自身もであった。今や作曲家も出て来たし、バッハの作品を知ってる名手まで出てきた。――ことに、フランス人の家居的な精神を打破するのに、大なる努
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