つかもしれない。いつもやるとおり、万人から賞賛されてると思い込んだり、自賛したり自卑したり――代わる代わるそんなことをするよりも、その方がやはりいいだろう。流行ででもあるように、その時々の発作に駆られて、俺たちは世界最大の民衆だと叫び、――または、ラテン民族の頽廃《たいはい》は救うべからざるものだと叫び、――あらゆる大思想はフランスから来ると叫び、――または、俺たちはもはやヨーロッパの慰みになるばかりだと叫んで、それがなんの役にたつか。身をかじってる病弊に眼を閉じないこと、民族の生命と名誉とのために戦うという感情から、圧倒されずにかえって激発されること、それが肝要だ。滅亡を欲しないこの民族の身体にはめ込まれてる魂を感じた者は、その悪徳と滑稽《こっけい》な点とを撲滅せんがため――ことにそれらを利用しそれらによって生きんとする奴らを撲滅せんがために、大胆にそれらを抉発《けっぱつ》して構わないのだ、抉発しなければならないのだ。
予 たといフランスを保護せんがためにもせよ、フランスに手を触るるな。お前は善良な人々の心を乱すだろう。
クリストフ 善良な人々――と言えばまあそうだ――人が万事をごく結構だと思わないのを、多くの悲しい醜い事柄を人から示されるのを、苦に病んでいる善良な人々! 彼ら自身こそ利用されているのだ。しかしそうだとは認めたくないのだ。他人のうちに悪を見て取るのが非常に心苦しいものだから、むしろみずから悪の犠牲となる方を好んでいる。少なくとも日に一度は、人からくりかえし説いてもらいたがっている、この最良の国民中ではすべてがいい方に向かっていると、また、
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「……おうフランスよ、汝は永《なが》く最上なるべし……」
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と。それを聞くと善良な人々は安心して、また眠りにつく――そして他の奴らは、また勝手なことをやりだすのだ。……善良なみごとな人々だ! 俺は彼らに心配をかけた。これからもなおさら心配をかけるだろう。彼らに許しを願っておく。……しかしながら、圧制者らに対抗して助けてもらうことを、彼らがたとい欲しないまでも、せめてこれだけは彼らに考えてほしい、彼らと同じように圧制されながら、彼らのような忍従と幻想の力とをもたない者が――またその忍従と幻想の力とによってかえって圧制者らの手に渡されてる者が、いくらもあるということを。そういう人々はいかに苦しんでいることだろう! お前も考えてみるがいい。いかにわれわれは苦しんだか! そしてまた、ますます重苦しい空気が、腐敗した芸術が、不道徳な卑しい政治が、満足の笑《え》みを浮かべて虚無の息吹《いぶ》きに身を任せる柔懦《じゅうだ》な思想が、日に日に積もってゆくのを見て、われわれとともにいかに多くの者が苦しんだか……。われわれはたがいに寄り添い、呼吸もできないほど苦しみながら、そういう中にじっとしていたのだ……。ああ、幾何《いくばく》の辛い年月をいっしょに過ごしてきたことだろう! わが権力者らは、彼らの下にわれわれの青春がもだえた苦悩を、夢にも知らないのだ……。われわれは抵抗した。われわれはみずから身を救った……。そして、今、われわれは他人を救わないでいいだろうか。こんどは他人が同じ苦しみのうちに陥ってるのを、手を差し出してもやらずに放《ほう》っておいていいだろうか。否、彼らの運命とわれわれの運命とは結び合わされている。われわれの仲間はフランスにたくさんいる。彼らは俺が声高く説くところのことを考えてくれる。俺は彼らのために説くつもりなのだ。やがて俺は彼らのことを口にするだろう。俺は早く示してやりたい、真のフランスを、圧制されたるフランスを、深きフランスを――ユダヤ人、キリスト教徒、あらゆる信仰と血統とを超越した自由な魂を。――しかしながら、そこに達するためには、家の扉《とびら》を番してる奴らの間に一条の血路を、まず開かなければならない。無気力の状態から奮いたってついに牢獄《ろうごく》の壁を覆《くつがえ》すことを、この美しい捕虜《ほりょ》にできさしてやりたい! 彼はおのれの力をも敵の凡庸《ぼんよう》さをも知らないのだ。
予 お前の言うところはもっともだ。しかしお前が何をしようとも、憎むことだけは控えるがいい。
クリストフ 俺はなんらの憎悪《ぞうお》をもいだいてはしない。最も悪い奴らのことを考える時でさえ、奴らもやはり人間であって、われわれと同じく苦しんでおり、いつかは死んでゆくのだということを、俺はよく知っている。しかし奴らと闘《たたか》わなければならないのだ。
予 闘うことは、それがたとい善をなさんがためのものにせよ、悪をなすことなのだ。生きた一人の人間にでも苦痛を与えることがあるならば、その苦痛は、
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