しい意地悪げな微笑をもっていた。華奢《きゃしゃ》な服装をして、身体の欠点を、高い肩や大きい臀《しり》を、隠そうとつとめていた。そういう欠点こそ、彼の自尊心をなやます唯一のものだった。身長がもう二、三寸も伸びて身体つきがよくなることなら、後ろから足蹴《あしげ》にされてもいとわなかったろう。その他の事においては、彼は自分自身にしごく満足していた。自分に敵《かな》う者はないと思っていた。実際すてきな男だった。ドイツ生まれの小さなユダヤ人でありながら、のろまな太っちょでありながら、パリーの優雅な風俗の記者となり絶対批判者となっていた。社交界のつまらない噂種《うわさだね》を、複雑な巧妙をきわめた筆致で書いていた。フランスの美文体、フランスの優美、フランスの嬌艶《きょうえん》、フランスの精神――摂政時代の風俗、赤踵《あかかかと》の靴《くつ》、ローザン式の人物――などの花形だった。彼は人から冷やかされていたが、それも成功の妨げにはならなかった。パリーでは滑稽《こっけい》は身の破滅だと言う人々は、少しもパリーを知らない輩《やから》である。身の破滅どころか、かえってそのために生き上がってる者がいる。パリーでは、滑稽によってすべてが得られる、光栄をも幸運をも得られる。シルヴァン・コーンは、そのフランクフルト式な虚飾のために毎日かれこれ言われても、もはやそんなことは平気だった。
 彼は重々しい調子と頭のてっぺんから出る声とで口をきいていた。
「やあ、これは驚いた!」と彼は快活に叫びながら、あまり狭い皮膚の中につめこまれてるかと思われる指の短いぎこちない手で、クリストフの手を取って打ち振った。なかなかクリストフを放しそうになかった。最も親しい友人にめぐり会ったような調子だった。クリストフはあっけにとられて、コーンから揶揄《からか》われてるのではないかと疑った。しかしコーンは揶揄ってるのではなかった。なおよく言えば、もし揶揄ってるのだとしてもそれはいつもの伝にすぎなかった。コーンは少しも恨みを含んではいなかった。恨みを含むにはあまりに利口だった。クリストフからいじめられたことなんかは、もう久しい以前に忘れてしまっていた。もし思い出したとしてもほとんど気にしなかったろう。新しい重大な職業を帯びパリー風の華美な様子をしているところを、旧友に見せてやる機会を得て大喜びだった。驚いたと言うのも嘘ではなかった。クリストフが訪れて来ようなどとは、最も思いがけないことだった。彼はきわめて炯眼《けいがん》だったので、クリストフの訪問には一つの利害関係の目的があることを予見してはいたが、それは自分の力にささげられた敬意だという一事だけで、すでに喜んで迎えてやる気になったのである。
「国から来たのかい。お母《かあ》さんはどうだい。」と彼は馴《な》れ馴れしく尋ねた。他の時だったらそれはクリストフの気にさわったかもしれないが、しかし他国の都にいる今では、かえってうれしい感じを与えた。
「だがいったいどうしたんだろう、」とクリストフはまだ多少疑念をいだいて尋ねた、「先刻コーンさんという人はいないという返辞だったが。」
「コーンさんはいないよ。」とシルヴァン・コーンは笑いながら言った。「僕はコーンとはいわないんだ。ハミルトンというんだ。」
 彼は言葉を切った。
「ちょっと失敬。」と彼は言った。
 彼は通りかかった一人の婦人の方へ行って、握手をして、笑顔《えがお》を見せた。それからまたもどって来た。そして、あれは激しい肉感的な小説で有名になった閨秀《けいしゅう》作家だと説明した。その近代のサフォーは、胸に紫色の飾りをつけ、種々の模様をちらし、真白に塗りたてた快活な顔の上に、艶《つや》のいい金髪を束ねていた。フランシュ・コンテの訛《なま》りがある男らしい声で、気障《きざ》なことを言いたてていた。
 コーンはまたクリストフに種々尋ねだした。国の人たちのことを残らず尋ね、だれだれはどうなったかと聞き、すべての人を記憶してることを追従《ついしょう》的に示していた。クリストフはもう反感を忘れてしまっていた。感謝を交えた懇切な態度で答え、コーンにとってはまったく無関係な些細《ささい》な事柄をやたらに述べた。コーンはそれをふたたびさえぎった。
「ちょっと失敬。」と彼はまた言った。
 そして他の婦人客へ挨拶《あいさつ》に行った。
「ああそれじゃあ、」とクリストフは尋ねた、「フランスには婦人の作家ばかりなのか。」
 コーンは笑い出した。そしてしたり顔に言った。
「フランスは女だよ、君。君がもし成功したけりゃ、女を利用するんだね。」
 クリストフはその説明に耳を貸さないで、自分だけの話をつづけた。コーンはそれをやめさせるために尋ねた。
「だが、いったいどうして君はこちらへ来たんだい。」
「なるほど、」
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