れは実際上の利害からばかりでなく、また生活的利害、存在および行動の理由からでもあった。社会主義の信仰は彼自身にとっては一種の国家的宗教だった。――大多数の人は彼と同じような生き方をしてるものである。内心では信じてもいないところの、宗教的信仰、道徳的信仰、社会的信仰、もしくは純粋に実際的な信仰――(自分の職業や自分の仕事や人生における自分の役目の有用さなどにたいする信仰)――そういうものの上に彼らの生活は立てられている。しかし彼らは内心では信じていないということをみずから知りたがらない。なぜなら、そういう信仰の様子、各人がみずからその教師たる公然の宗旨が、生きんためには必要であるから。
ルーサンは最も下等なうちの一人ではなかった。この党派では実に多くの者が、社会主義もしくは急進主義を「やって」いた――それも、野心からとも言えないほどのものだった。それほど彼らの野心は短見浅慮で、直接の利益と再選との範囲を出でなかった。彼らは新しい社会を信ずるようなふりをしていた。おそらくかつて信じたことがあったのだろう。しかし実際は、死にかかってる社会の遺物によって生活しようとしか考えていなかった。近視的な便宜主義が享楽的な虚無主義に仕えていた。未来の大利害は現在の利己主義にささげられていた。彼らは軍隊の減員を行なっていた。選挙人の意を迎えるためには祖国の四|肢《し》を断つかもしれなかった。彼らに欠けてるのは知力ではなかった。彼らはなすべきことをよく知っていた。しかしそれを少しもなさなかった。なすには多くの努力がいるからだった。彼らはおのれの生活と国民の生活とを、最少の労力で整えようと欲していた。社会の上下を通じて、できるかぎり快楽を多くして努力を少なくせんとする同一の道徳が支配していた。かかる不道徳な道徳が、多難な政治を導いてゆく唯一の糸であった。そこでは、首領らが無政府の実例を示していた。不統一な政策が一時に十|兎《と》を追って、途中でそれを一つ一つ取り逃がしていた。平和主義の陸軍省と相並んでる好戦的な外交、軍隊を刷新せんがためにかえって破壊してる陸軍大臣、造兵職工らを反乱さしてる海軍大臣、戦争の恐怖を説いてる軍事教官、道楽的な将校、道楽的な裁判官、道楽的な革命者、道楽的な愛国者。一般にわたる政治道徳の堕落であった。各人は国家から、職務や手当や勲位を授かることばかり待っていた。そして実際に国家は、それを顧客らにかならず振りまいていた。権力者の子や甥《おい》や縁故の者や部下などに、名誉と仕事とをおごってやった。議員らは歳費の増額をみずから投票していた。財産や地位や肩書など国家のあらゆる資源が、ほしいままに濫費されていた。――そして、上層の実例の痛ましい反響として、下層には怠業が起こっていた。祖国にたいする反抗を教える小学教員、手紙や電報を焼く郵便局員、機械の歯車仕掛けに砂や金剛砂を投げ込む工場職工、造兵廠《ぞうへいしょう》を破壊する造兵職工、焼かれる船舶、労働者自身の手によってなされる恐るべき労働の浪費――富者の破壊ではなく、世界の富の破壊であった。
この仕事を確認するために、選ばれたる知者らが、民衆のこの自殺的行為を、幸福にたいする神聖なる権利という名において、理性と権利との上に立脚せしめて喜んでいた。病人めいた人道主義は、善悪の差別を無視し、罪人の「責任なき神聖なる」人そのものにたいして憐憫《れんびん》の情を寄せ、罪悪の前に平伏して罪悪に社会を委《ゆだ》ねていた。
クリストフはこう考えた。
「フランスは自由というものに酔っている。狂乱を演じたあとで酔い倒れてしまうだろう。そして眼を覚《さ》ます時には、拘留所にぶち込まれてるだろう。」
この過激民主政のうちで、最もクリストフの気を害したことは、明らかに根底の不確実な連中によって最も悪い政治的暴逆が冷やかになされるのを、目撃することであった。かかる浮薄な徒輩と、彼らがなしもしくは許してる苛酷《かこく》な行為との間には、あまりに厚かましい不均衡が存在していた。彼らのうちには二つの矛盾したものがあるようだった。すなわち何物をも信じない不安定な性質と、何物にも耳を傾けずにただ人生をかき回す理屈癖の理性と。種々の方法でいじめつけられてる平和な市民やカトリック教徒や将校などが、なぜ彼らを放逐しないのかしらと、クリストフは怪しんだ。そして彼は何にも隠すことができなかったので、ルーサンは容易に彼の考えを推知した。ルーサンは笑い出して言った。
「もちろんそれは、君か僕か、とにかくわれわれがやることでしょう。しかし彼らにはなかなかやれはしない。少しの断固たる決心もできない憐《あわ》れな奴どもです。ただ答え返すのがうまいばかりです。倶楽部《クラブ》のために馬鹿《ばか》になり、アメリカ人やユダヤ人に身を売
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