馬鹿者どもは皆、危険な人物というよりもむしろ滑稽《こっけい》な人物と言うべきであった。しかしながらただ、彼らの背後には真に価値ある人々が隠れていた。この人々は彼らの支柱となっていて、彼らと同じく――おそらく彼ら以上に――理性の狂信者であった。トルストイはどこかで、宗教や哲学や政治や芸術や科学などを支配してる、かかる「伝染的影響」のことを述べている。「人はかかるばかげた影響の狂愚さを、それから脱した時にしか認めない。それに服従してる間は、いかにもそれを真実だと思って、論議する必要をも考えない。」それはまったく、チューリップにたいする熱愛、妖術《ようじゅつ》者にたいする信仰、文学様式の変態などと同じものだった。――理性の宗教はそういう狂愚の一つだった。最も愚昧《ぐまい》な者にも最も教養ある者にも、議院の有象無象にも大学の最も賢明なるある人々にも、等しく感染していた。そして愚者におけるよりも智者においてさらに危険だった。なぜなら、愚者においては平穏な遅鈍な楽天思想とよく調和して、力をゆるめられていたからである。ところが智者の方においては、その弾力は緊張され、狂信的な悲観思想によって刃が鋭くなされていた。この悲観思想は、自然と理性との根本的な敵対を少しも見誤ることがなく、邪悪な自然にたいする、抽象的な自由、抽象的な正義、抽象的な真理、などの戦いをますます激しくならしむるのみだった。そこには、カルヴィン派式の、ジャンセニスト式の、ジャコバン式の、理想主義の根底があり、人間の救うべからざる堕落にたいする古い信仰があった。それを破り得るものは、また破るべき務めを持ってるものは、ただ、心中に理性――神の精神――が吹き渡ってる選ばれたる人々の、動かしがたい傲慢《ごうまん》性のみであった。それはきわめてフランス人の典型だった。「人間的」でない知的なフランス人だった。鉄のように堅い小石、何物もそれを貫くことができない。それは触れるものすべてを破損させる。
 クリストフはアシル・ルーサンの家で、それら理屈的な狂人の数人と話をして、非常に驚かされた。フランスに関する彼の考えは、そのために覆《くつが》えされた。彼は一般に伝えられてる意見どおりに、フランス人とは円満な社交的な寛大な自由好きな民衆だと、これまで信じていた。ところが今、自家独特な三段論法の犠牲に他のすべてをいつでも供さんとしてる、抽象的観念の狂人、論理の病人を、見出したのであった。彼らはたえず自由のことを口にしていたが、最も自由を了解せず最も自由に堪えきれぬ人々だった。知的熱情のために、もしくは常に理性を失うまいとしてるために、これほど冷淡な苛酷《かこく》な専制的性格になってる者は、世界のどこにも見出されないほどだった。
 それはただ一党派のことだけではなかった。どの党派も同じことだった。彼らは、自分の祖国の、自分の地方の、自分の団体の、自分の狭い頭脳の、政治的もしくは宗教的の形式以外には、何物も見ようとしなかった。そのうちには反ユダヤ主義者らがいた。あらゆる財産上の特権者らにたいする激しい憎悪のうちに、全身の力を費やしつくしていた。なぜなら彼らは、あらゆるユダヤ人を憎んでいたし、自分の憎むあらゆる者をユダヤ人だと呼んでいた。また国家主義者らがいた。他のあらゆる国民を憎み――(ごく温和な時には軽蔑《けいべつ》するだけで満足していたが)――自国民のうちにおいてさえ、自分らと同じ考えをしない人々を、外国人だの変節漢だの叛逆《はんぎゃく》者だのと呼んでいた。また反新教徒らがいた。すべての新教徒らはイギリス人かドイツ人かであると信じ、それを皆フランスから駆逐しようと欲していた。また西方主義者らは、ライン河以東には何物も認めようとしなかった。北方主義者らは、ロアール河以南には何物も認めようとしなかった。南方主義者らは、ロアール河以北の者を野蛮人だと呼んでいた。その他、ゲルマン民族たることを光栄としてる人々、ゴール民族たることを光栄としてる人々、そして最も狂愚なのは、父祖の敗亡を誇りとしてる「ローマ人」ら。あるいはまた、ブルトン人、ローレン人、フェリブル人、アルビジョア人。それから、カルパントラスの者、ポントアーズの者、カンペル・コランタンの者。いずれも皆自分自身をしか認めず、自分であることを貴族の肩書とし、他人が異なった意見をもつことを許さなかった。この種の人間にたいしては施す術《すべ》がない。彼らはいかなる理屈にも耳を貸さない。自分以外の全世界を焼きつくすか、自分が焼かれるか、いずれかのほかはないのである。
 かかる民衆が共和政体にあるのは仕合わせなことだと、クリストフは考えた。それら小さな専制者らは、たがいに滅ぼし合っていたからである。もし彼らの一人が国王になっていたとすれば、他のだれにも十分の空気
前へ 次へ
全97ページ中63ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング