彼らの文体も、その感情と同じく混成したものであった。彼らはあらゆる階級のまたあらゆる国の言葉から、一つの混合的隠語をこしらえていた。それは衒学《げんがく》的で、冗漫で、古典的で、叙情的で、気取りすぎた、嫌味《いやみ》たらしい、下等なものであって、外国的な調子をもってるように思われる、駄法螺《だぼら》や穿《うが》ちや露骨や機知などの混和だった。彼らは皮肉であって滑稽《こっけい》な気質をそなえてはいたが、自然の機才をあまりもっていなかった。しかし器用だったから、パリー風に機才をかなり巧みにこしらえ出していた。たとい宝石はいつも最も清く透きわたってはいないとは言え、またその縁取りがたいていおかしな凝りすぎた趣味になってるとは言え、少なくともそれは光を受くれば輝くのであった。それだけで十分なのだった。彼らはもとより怜悧《れいり》であって、りっぱな観察者ではあったが、その眼は商売生活のために数世紀来ゆがめられていて、顕微鏡で人の感情を調べ、細かな物を大きくなし、しかも虚飾を非常に好んで、偉大なものは少しも見えないので、実は近視眼的観察者であった。それゆえ彼らには、その成り上がり者的な紳士気取りの考えによって、上品な社会の理想だと思うようなもの以外は、何一つ描くことができなかった。盗み取った金と無節操な女とを争って享楽せんとする、疲れたる道楽者や冒険者などという一握りの人々のみだった。
 時とすると、ユダヤ的なそれら著作家等の真の性質が、ある言葉の響きに一種の不思議な反響を返して、眼をさまし、彼らの存在の深みから表面にのぞき出してきた。するとそれは、幾多の世紀と人種との異様な混和であり、砂漠《さばく》の息吹《いぶ》きであった。その息吹きは海の彼方《かなた》からこれらパリーの寝所の中へ、種々のものをもたらしてきた、トルコ市場の悪臭、砂の輝き、種々の幻影、陶酔したる肉感、力強い罵詈《ばり》、痙攣《けいれん》を起こしかけてる激しい神経痛、破壊にたいする熱狂、数世紀来影の中にすわっていたのが、獅子《しし》のように立ち上がって、自分自身や敵人種の上に、奮然と殿堂の円柱を揺り倒す、かのサムソン。
 クリストフは鼻をつまんで、シルヴァン・コーンに言った。
「力はこもってるが、しかし臭い。たくさんだ。他《ほか》のものを見に行こう。」
「何を?」とシルヴァン・コーンは尋ねた。
「フランスをさ。」
「これがフランスだ。」とコーンは言った。
「そんなことがあるものか。」とクリストフは言った。「フランスはこんなものじゃない。」
「フランスもドイツと同じだ。」
「僕はそう思わない。こんなふうの国民なら、長くはつづくまい。もう腐った臭《にお》いがしてるから。まだ他に何かあるに違いない。」
「これ以上のものは何もないんだ。」
「他に何かあるはずだ。」とクリストフは強情を張った。
「そりゃあ、かわいい魂の人たちもいるし、」とシルヴァン・コーンは言った、「そういう人たちのための芝居もあるさ。君はそんなのが見たいのかい。それじゃ見せてあげてもいい。」
 彼はクリストフをフランス座へ連れていった。

 その晩は、法律問題を取り扱った散文の近代劇が演ぜられていた。
 クリストフには最初からして、どういう世界でそれが起こってるのかわからなかった。俳優らの声はこの上もなく豊量で緩《ゆる》やかで荘重で厳格だった。あたかも言葉づかいの稽古《けいこ》をでも授けるかのように、あらゆる綴《つづ》りを皆発音していた。悲しい吃逆《しゃくり》とともにたえず十二音脚をふんでるかと思われた。所作は荘厳でほとんど神前の儀式めいていた。ギリシャの寛袍《かんぽう》のように仮衣をまとった女主人公が、片腕を挙げ、頭をたれて、やはりアンチゴーネらしい演じ方をしていた。そして持ち前の美しいアルトの最も奥深い音をまろばしながら、永久の献身を示す微笑をたたえていた。りっぱな父親は、痛ましい品位を示し、黒衣のうちに浪漫主義《ロマンチズム》の気味を見せて、剣術者めいた足取りで歩いていた。色男の立役者は、冷やかに喉《のど》をひきつらして涙をしぼっていた。一編の作は悲劇物語めいた文体で書かれていた。抽象的な言葉、お役所的な形容、官学的な比喩《ひゆ》などばかりだった。一つの動きもなければ、不意の叫びもなかった。始めから終わりまで時計のような組み立て、固定した題目、劇的図形、戯曲の骸骨《がいこつ》であって、その上にはなんらの肉もなく、ただ書物的文句をつけてるのみだった。大胆らしく見せかけようとしたその議論の底には、臆病《おくびょう》な観念が潜んでいた。様子ぶった小市民の魂だった。
 女主人公は、一人の子どもを設けてるつまらない夫と離婚して、愛してる正直な男に再婚したのであった。かかる場合においてさえ離婚は、偏見によってもそう
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