ているんだ。どうして片付けていいかわからないほどだ。まったくやりきれない。病気にでもなりそうだ。」
「気分がすぐれないのかい。」とクリストフは気づかわしい調子で尋ねた。
 コーンは嘲《あざけ》り気味の一|瞥《べつ》を注いで答えた。
「まったくいけない。この数日へんてこだ。非常に苦しい気持がする。」
「そりゃたいへんだ!」とクリストフは彼の腕を取りながら言った。「ほんとに用心したまえ。身体を休めなけりゃいけないね。僕まで余計な心配をかけて、実に済まない。そう言ってくれりゃよかったのに。ほんとにどんな気持だい?」
 彼が悪い口実をもあまり真面目《まじめ》に取ってるので、コーンは愉快なおかしさがこみ上げてくるのをつとめて押し隠しながらも、相手の滑稽《こっけい》な純朴《じゅんぼく》さに気が折れてしまった。皮肉はユダヤ人らにとって非常に大きな楽しみであって――(この点においては、パリーにおけるキリスト教徒の多くはユダヤ人と同じである)――皮肉を浴びせる機会を与えてさえもらうならば、いかに不快な者にたいしても、また敵にたいしてまでも、とくに寛大な心をいだくようになるのである。そのうえコーンはまた、自分一身のことをクリストフが心配してくれるのを、感動せずにはいられなかった。彼は世話をしてやりたい気持になった。
「ちょっと思いついたことがあるんだがね。」と彼は言った。「稽古《けいこ》の口があるまで、楽譜出版の方の仕事をしないかね。」
 クリストフは即座に承知した。
「いいことがある。」とコーンは言った。「ある大きな楽譜出版屋の重立った一人で、ダニエル・ヘヒトという男と、僕は懇意にしてる。それに紹介しよう。何か仕事があるだろう。僕は君の知るとおり、その方面のことは何にもわからない。しかしあの男はほんとうの音楽家だ。君なら訳なく話がまとまるだろう。」
 二人は翌日の会合を約した。コーンはクリストフに恩をきせて追っ払ったので、悪い気持はしなかった。

 翌日、クリストフはコーンの店へ誘いに来た。彼はコーンの勧めによって、ヘヒトへ見せるために自分の作曲を少しもって来た。二人はヘヒトを、オペラ座近くの楽譜店に見出した。二人がはいって来るのを見ても、ヘヒトは傲然《ごうぜん》と構えていた。コーンの握手へは冷やかに指先を二本差し出し、クリストフの儀式張った挨拶《あいさつ》へは答えもしなかった。そし
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