して、まっすぐにコーンのところへ行った。
 言いつけられていた給仕は、ハミルトン氏は所用のためパリーから出かけたと告げた。クリストフにとっては一打撃だった。彼は口ごもりながら、いつハミルトン氏は帰るのかと尋ねた。給仕はいい加減に答えた。
「十日ばかりしましたら。」
 クリストフは駭然《がいぜん》として家に帰った。その後毎日室に閉じこもった。仕事にかかることができなかった。自分のわずかな所持金――母がていねいにハンカチにくるんでカバンの底に入れて贈ってくれた些少《さしょう》な金額――が、どんどん減ってゆくのを見て恐ろしくなった。彼は切りつめた生活法を守《まも》った。ただ夕方だけ、夕食をしに階下の飲食店へ降りて行った。そこでは「プロシャ人」とか「漬菜《シュークルート》」とかいう名前で、早くも客の間に知れ渡ってしまった。――彼は非常な努力を払って、フランスの音楽家らへ二、三の手紙を書いた。それも漠然《ばくぜん》と名前を知ってるだけだった。十年も前に死んでる人さえあった。彼はそういう人々に、面会を求めた。綴字《つづりじ》はめちゃくちゃだったし、文体はドイツで習慣となってる、長たらしい語位転換と儀式張った形式とで飾られていた。彼は書簡を「フランスのアカデミー院」へ贈った。――ただ一人の者がそれを読んで、友人らと大笑いをした。
 一週間後に、クリストフはまた書店へ出かけた。このたびは偶然に助けられた。入口で彼は、出かけようとするシルヴァン・コーンにぶっつかった。コーンはつかまったのを見て顔を渋めた。しかしクリストフはうれしさのあまり、その渋面に気づかなかった。彼は例のうるさい調子で、コーンの両手を取り、※[#「口+喜」、第3水準1−15−18]々《きき》として尋ねた。
「旅に行ってたそうだね。面白かったかい。」
 コーンはうなずいたが、しかしその顔は和らいでいなかった。クリストフは言いつづけた。
「僕が来たのは……わかってるだろう……。話はどうだった?……え、どういうふうだい。僕のことを言ってくれたろうね。返事はどうだった。」
 コーンはますます顔を渋めた。クリストフは様子ありげなその態度に驚いた。まるで別人のようだった。
「君のことは話してみたよ。」とコーンは言った。「だがまだ結果はわからない。隙《ひま》がなかったんだ。君に会った時から実に忙しかった。用事がたくさん頭につかえ
前へ 次へ
全194ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング