をも恨まず、そして火刑台に上がって、炎が立ちのぼってきた時でさえ、自分のことを考えず、力をつけてくれてる修道士のことのみ考えて、彼を強《し》いて逃げさしたのであった。彼女は「最も激しい争闘中にも温和であり、悪人の間にあっても善良であり、戦いの最中にも平静であった。悪魔の勝利たる戦争に、彼女は神の精神をもたらした。」
そしてクリストフは、自分自身を省《かえり》みながら考えた。
「俺《おれ》は戦いに神の精神を十分もたらさなかった。」
彼はジャンヌの福音史家の美しい言葉を読み返した。
「人々の邪悪さと運命の酷薄さとの間にありながら、善良でありいつまでも善良であること……多くの苦々《にがにが》しい諍《あらそ》いのうちにも温和と親切とを失わず、その内心の宝に触れさせずに経験を通り越すこと……。」
そして彼はみずからくり返した。
「俺は悪かった。俺は善良ではなかった。親切を欠いていた。あまりに厳酷だった。――許してくれ。僕が攻撃してる諸君よ、僕を諸君の敵だと考えてくれるな。僕は善を、諸君にもなしたいのだ……。それでもなお、諸君が悪をなすのを防がねばならないのだ……。」
そして彼は聖者でなかったから、敵のことを考えるだけで憎悪の念が起こってきた。彼らを見ると、彼らを通してフランスを見ると、かかる純潔と勇ましい詩との花がこの土地から生じたのだとは、想像し得られないほどなのを、彼は最も彼らに許しがたく思った。それでも、かかる花が実際に生じたのだ。またふたたびそれが出て来ないとはだれが言い得よう? 今日のフランスが、シャルル七世のころのフランスより悪かろうはずはない。しかも当時の堕落せる国民からオルレアンの少女が出て来たのだ。今では、寺院は空虚であり、汚されて、半ば荒廃に帰している。それでもよろしい! 神はかつてそこで言葉を発したのだ。
クリストフは、フランスにたいする愛のために、愛し得る一のフランス人を求めたかった。
三月の終わりのころであった。もう数か月以来、クリストフはだれとも話をしなかった。彼が病気であることを少しも知らず、また自分が病気であることをも彼に知らせないでいる、年老いた母親からの短い便《たよ》りを、たまに受け取る以外には、なんらの手紙にも接しなかった。世間との関係はただ、仕事の取りやりのために楽譜商へ行き来することだけだった。そこへ行くにも彼は、ヘヒト
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