彼女はもう子どもではないのに、皆から子どもとして取り扱われ、自分でもやはり子どものように思っていた。心の中の感情を押し隠していたし、その感情を恐がっていた。それはある物もしくはある人にたいする愛情の跳躍だった。彼女はひそかにコレットを慕っていた。コレットのリボンを盗みハンケチを盗んだ。その面前で一言も口がきけないこともしばしばだった。コレットを待っていたり、これからコレットに会えるのだとわかっていたりする時には、待ち遠しさとうれしさとで震えていた。芝居で、胸を露《あら》わにした美しい従姉《いとこ》が、同じ桟敷《さじき》の中にはいって来て、衆目をひくのを見る時には、彼女は愛情のあふれたやさしいつつましい微笑《ほほえ》みを浮かべた。そしてコレットから言葉をかけられると、気がぼーっとなった。白い長衣をまとい、ふうわりと解いた美しい黒髪を褐色《かっしょく》の肩にたらし、長い手袋の先を口にかみ、手もちぶさたのあまりにはその切れ目へ指先をつっ込みながら、芝居の間じゅうたえず彼女は、コレットの方へふり向いては、親しい眼つきを求めたり、自分が感じてる楽しみを分かとうとしたり、または褐色《かっしょく》の澄んだ眼で言いたがった。
「私あなたを愛しててよ。」
 パリー近郊の森の中を散歩する時には、彼女はコレットの影の中を歩み、その足もとにすわり、その前へ駆け出し、邪魔になるような枝を折り取り、泥濘《ぬかるみ》の中に石を置いたりした。ある夕方庭の中で、コレットは寒けを覚えて、彼女にその肩掛をかしてくれと頼むと、彼女は、自分の愛してる人が自分の物を少し身につけてくれ、次にその身体の香《かお》りがこもったままを返してもらえるといううれしさのあまり、思わず喜びの声をたてた――(あとでそれを恥ずかしく思いはしたが)。
 彼女に楽しい胸騒ぎを起こさせるものとしては、なおその他に、ひそかに読んでる詩集――(彼女はまだ子どもの書物だけしか許されていなかったので)――のあるページがあった。それからさらに、ある種の音楽があった。皆からは音楽がわかるものかと言われていたし、自分でも何にもわからないと思い込んでいたが、しかしそれでも、感動のあまり顔色を変え汗ばんでいた。そういう時彼女のうちに何が起こってるかは、だれも知らなかった。
 その他の点においては、彼女はいつもおとなしい小娘で、うっかりしていて、怠惰で、
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