人間のうちにはいかにヘッダ・ガブラーが多いことだろう! 新しい自由な力を絶滅せんとする、なんという陰険な悪意であることぞ! 沈黙によって、皮肉によって、磨損《まそん》させることによって、落胆させることによって――また、おりよき邪悪な誘惑によって、それらの力を殺さんとする、なんというみごとな手ぎわであることぞ!……
 そういう人物はいずれの国にもいる。クリストフはドイツで彼らに出会ったので、彼らのことをよく知っていた。彼はそういう連中にたいしては武装をしていた。彼の防御法は簡単だった。自分の方から先に攻撃していった。彼らが少しでも好意を見せると、すぐに宣戦を布告した。それらの危険な味方はかならず敵となしてしまった。しかしこの率直な策略は、自分の性格を保全するためには最も有効であったとは言え、芸術家としての生涯《しょうがい》を容易ならしむるためには有効でなかった。クリストフはドイツにいた時と同じ方法をまたやり出した。余儀ないことだった。変わった事情はただ一つきりだった。すなわち彼の気分がごく快活になってるのみだった。
 彼はだれでも耳を傾ける人には、フランスの芸術家らに関する忌憚《きたん》なき批評を元気に言ってきかした。かくて多くの恨みを買った。怜悧《れいり》な人々がなすように、何か一派の援助をつないでおくだけの用心をさえしなかった。こちらから称賛してやれば向こうでもこちらを称賛するような芸術家らを、彼は自分の周囲にたやすく見出せたはずである。あとで称賛してもらうつもりで向こうから先に称賛してくる者さえあった。彼らは自分がほめる者を一つの債務者だと見なし、時期が来ればいつでもその債権の償却を要求し得ることと考えていた。それはうまく投じた資金であった。――しかしクリストフを相手にしては、投じそこなった資金と言うべきだった。クリストフは少しも償却しなかった。さらにいけないことには、彼は自分の作をほめてくれる連中の作を、凡庸《ぼんよう》だと思うだけの厚顔をそなえていた。彼らは口にこそ言いはしなかったが、それを深く根にもって、次の機会には仕返しをしてやろうと誓っていた。
 クリストフは多くの拙劣なことをなしたが、リュシアン・レヴィー・クールとの喧嘩《けんか》はことに拙劣だった。彼は至るところにレヴィー・クールを見出した。そして、外見上意地悪いことは少しもせず、彼よりもいっ
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